横浜きものあそびと銘打っているからには「もっと、きものを遊びたい」。
そう思って、あらためてきものや帯、小物などを見ていると、けっこう面白いことを発見するものです。
そこで、面白いことを見つけたら、みなさんにもご紹介しようと思います。

絣のきものに妄想する

先日の「きもの∞市」の後片づけを始めようとした時、男物のきものの山の中に
ふと気になるものがありました。

これです。写真ではごく一般的な井桁絣の普段着に見えると思います。(きものを見慣れた人は?が頭の中に浮かぶかも)
右から左に仕分けしていけば、作業はサクサク進んだはずです。
でもなぜかその時、私にはその畳まれたきものが光って見えました。
ちょっと摘み上げてみると「男物じゃない!」。女物に仕立てられていたのです。
手に取ると、その滑らかな手触りと光沢にいっぺんで惹きつけられました。
どうやら、男物を女物に仕立て直したもののようです。

掛け衿は、ぎりぎり。

肩すべりには、男物の紬。

衣敷当ては・・・、インドのローシルクの絣でしょうか。横長の布を2枚はいであります。
そして一緒にいたマダムの繊細な指先が発見したのが・・・。

 

分かるでしょうか。後ろ身頃の裾をはいで足してあるのです。
裏から見たほうが分かりやすいのですが、
表は、はいであることにちょっと気づかないほど、きれいに柄を合わせてあります。

なんだか、とても愛情のこもったきものを発見してしまった気がしました。
このきものを見れば見るほど、触れば触るほど、ふつふつと妄想が湧いてきます。

あっけなく夫が亡くなった。仲の良い夫婦だった。
残された妻は、夫の衣類を整理する。
その中に、生前、彼が休みの日によく着ていた絣のきものが・・・。
黒に近い紺に井桁絣の並ぶそのきものは夫のお気に入りで、
何度かの洗い張りを経て柔らかくなったが、今も控えめなつやがある。
在りし日の姿が目に浮かぶ。そのきものを着た彼はふだんより二割り増しぐらい男前に見えたものだ。
「これだけは、手放せない」そう思った妻は、そのきものを解いて自分用に仕立て直すことにした。
これを着ていれば、いつまでも彼と一緒にいられる。針仕事が好きな妻は、そう考えた。
洗い張りを繰り返した布は、少し弱くなっている。
力のかかる衿から肩にかけてと腰の部分には補強が要るだろう。
肩すべりには何がいいだろう。そうだ、夫に紬の羽織を作った時の余り裂がある。あれにしよう。
では、衣敷当ては? 紬の余り裂では足りない。
その時、ふと思い出したのがインドのローシルクのスカーフ。
あれは、ふたりで銀座に行った時のことだ。
「ねえ園子、これ、君に合うんじゃない?」。夫の手に、そのスカーフがあった。
その日着ていた白いAラインのコートは襟なしだったので、
青みがかった紫と茶のスカーフを巻くと、ほっとするような暖かさに包まれたものだ。
きもので過ごすことの多くなった今では、すっかり出番がなくなっている。
あれを衣敷当てにしよう。
そんなふうに考えている時や、一針一針縫っていく間は、
寂しさも悲しさも少し軽くなった気がした。
しかし、いざ出来上がって身に纏ってみると、なぜか、後から後から涙があふれてくる。
それ以来、そのきものは箪笥の奥にしまわれたままになった。

一枚のきもので、ここまで妄想した自分にびっくりしています(笑)
ちなみに夫の名前は徹男です。意味はありません。今日、歩いている時に、ふたりの名前が降りてきました。
でも、古いきもののなかには、こうした物語性を感じさせるものが、けっこうあるのではないでしょうか。
これもまた、きものの楽しみの一つかなと思います。

写真ではわかりにくいのですが、縦の絣糸だけ焦げ茶に染められています。
はっきりと見えるわけではないけれど、ちょっとした光の加減で、
濃紺のなかに茶色が感じられる、なんとも素敵なきものです。

22 April 2016  文・写真/八谷浩美