大切にすること 田中忠三郎コレクション

梅雨、気候変動の影響か半端じゃない雨が降る。
篠突く雨にひるんで出かけようか出かけまいか迷ったが、見たいものは見たい時に見なければと自分を励まし、浅草へ。
先日買ったレモン色のレインシューズの出番が来た。

日々、外国人観光客でにぎわう浅草に、アミューズ ミュージアムはひっそりとある。
近くに外国人団体客を乗せたバスが停まる場所があるらしく、1階のショップは、仲見世の土産物屋と変わらぬ賑わい。
奥のミュージアム受付で入場料を払うと、左手に促される。
周囲の喧騒とは対照的な地味な階段が、2階から上の別世界への入り口だ。
受付のお兄さん曰く「どんどん写真を撮って、触っていいんですよ」
「屋上がまた眺めがいいんです」(外、土砂降りですけど・・・)

  

見たかったのはこれ、襤褸(ぼろ)です。
この夜具の土台となった、最初の布はなんだったのか・・・。

裏を見ても、これだけの布がつぎはぎされていて、やはりおおもとは分からない。
大小さまざまな古裂が、その都度ほつれたところに縫いつけられたのだろう。
この夜具には、家族の歴史が何層にも重なっているように見える。
昔の青森で、どんな布が織られ、また流通していたのかも分かって興味深い。

このアミューズ ミュージアムにあるのは、田中忠三郎という在野の民俗学者が
その足で集めた襤褸(ぼろ)と民具である。
田中忠三郎氏は青森・下北出身で、集めた襤褸や刺し子は津軽と南部、青森県全域からのようだ。
現代の私たちは 「ぼろ」 と聞けば、汚いもの、もう捨てるものを思い浮かべる。
しかしここにあるのは、人々が家族のために何世代にもわたって繕い続けた夜具や衣類だ。
「1寸四方の端切れも粗末にしない」。それは貧しさの故でもあるが、
苦労して人の手が作った布を大切にする心の表れでもある。
何年も前に資生堂ギャラリーで観た、衝撃的なアフリカン・アメリカン・キルトの展示を思い出した。



ある老婆の遺品の中から見つけられた大量の足袋。
足裏や爪先に近い部分には温かい木綿を使い、麻の部分には少しでも暖かくなるように綿糸で細かく刺し子が施されている。
子ども用に赤い別珍の可愛い足袋もあった。作った人のやさしさが伝わる。

  

「ドンジャ」という夜具。寒い青森、冬の夜をしのぐには冷たい麻製である。
なぜ、木綿ではないのか。木綿は暖かいが高価だったからだ。
現代では麻は高級品で、木綿のほうが安価だから、奇妙に思えるが、
そんなに遠くない昔の青森では、地元で栽培できる麻のほうが安かった。
だから、中に詰めるワタも麻くず(写真右)なのだ。
家族が裸で抱き合い、肌と肌で温め合って、この大きなドンジャにくるまって寝たという。
私などの想像も及ばない、寒さと貧しさが支配する日常があったのだと推察される。

韓国のポジャギかと見紛う、これらのすてきなエプロンのようなものは、
田中忠三郎氏を育ててくれた乳母が晩年の自分のために用意した大人用おむつ。
着古したきものや使い古した穀物袋を解いて作ったのだろう。麻の部分も柔らかい。

「汗はじき」というものは夏の肌着なのだと思っていたが、
厳寒の青森では、農作業でかく汗が冷えれば命取りになることがある。
だから冬でも肌着の胴の部分は、このように麻の汗はじきを使用するのだそう。
東北地方の厳しかった暮らしがしのばれる。

青森という本州最北端の地で、庶民が身に纏っていた布が麻中心であったことを、この展示は教えてくれる。
もともと綿は熱帯から亜熱帯の植物なので、16世紀に日本で栽培が広まったとはいえ、
関西が中心で、東北地方の庶民の手に入るものではなかった。
庶民の衣料は麻という時代が、ほんの少し前まで続いたのである。
しかし、麻は冷たい。そこで、貴重な木綿の糸を使った刺し子という技法が発達する。

このおしゃれなパンツは、南部菱刺しの「たっつけ」。女性用のモモヒキである。

  

浅葱と生成りの2枚の麻布を合わせ、一面に刺された模様が美しい。ボーダー柄はすべて菱刺しで表現されたもの。
防寒のための刺し子はまた、おしゃれのための刺し子でもあった。
美しいものを身に着けたいという気持ちは、時代も貧富の差も超えて女性の心の中に息づいている。

このミュージアムに身を置き、襤褸や刺し子に触ると、
一針一針に込めた、物を大切にする気持ち、家族を大切に思う気持ちがじんわりと伝わってくる。
こんなに自由に展示物に触らせてくれるミュージアムをほかに知らない。
見て触ることで、ものの大切さ、縫った人々の心もちなど言葉にしがたい情報を受け取ることができる。
1階のショップで売られている田中忠三郎氏の著書 『物には心がある。』 は、
展示の解説として読んでもいいし、田中忠三郎氏の壮絶な人生と夢を知るよすがともなる。
読後にもう一度、アミューズ ミュージアムを訪れたくなった。

ところで、アミューズ ミュージアムは、あのアミューズが運営している。
サザンや福山雅治を擁する、あのエンターテインメント企業のアミューズだ。
なんで? と思ったら、田中忠三郎氏とアミューズ創設者の大里洋吉氏が同郷だということ。

最後に、受付のお兄さんのアドバイスに従って屋上に出てみた。
ちゃんと傘も用意されている。お心遣いに感謝。
お兄さんのおっしゃったとおり、いい眺めです。
こんな角度で浅草寺を見られるなんて思ってもいなかった。

文・写真 八谷浩美

09 July 2015