団扇
旧のお盆も過ぎてしまいましたが、盆踊りについて見てみましょう。
私は子どもの頃、信州の田舎に住んでいたのですが、夏の楽しみに盆踊りがありました。
集落ごとに櫓(やぐら)を組み、子どもも大人も大きな輪になって踊りました。
着慣れない浴衣に、手には団扇を持ち、前の人の物まね踊りでした。
照れくさくも楽しい夏の思い出ですが、今思えば、老若男女が一つになって愉しむことが出来たのは盆踊りぐらいでした。
しかし、人口も減り世話役の大人も高齢化で、段々と盆踊りが少なくなり、
最近では商店会が主催するイベント盆踊りだけになってしまいました。
盆踊りはいつ頃から始まったのでしょうか。
様々な盆踊りがあるのでひとまとめで見ることはできませんが、
平安時代、空也上人や一遍上人によって始められた念仏踊りが原型だと言われています。
江戸時代には、庶民の不安や、悩みを解消するのに、宗教と娯楽をうまく取り入れ、
人々の心をつかむ念仏踊りや、風流踊りが盛んになり、盂蘭盆の行事となり、盆踊りへとつながったのでしょう。
江戸時代のことを書いた風俗事典『人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)』元禄3(1690)年刊行のなかに、 『住吉踊』の記載があります。
「菅笠(すげがさ)に赤き絹のへりをたれて顔をかくし、白き着物に赤まへだれ、団(うちわ)をもち、
中に笠鉾をたてておどる、あとのとめは、住吉様の岸の姫松めでたさよ千歳楽万歳楽、といふ。・・」とあり、
住吉踊りも「五穀豊穣」「庶民の安全繁栄」を祈願した念仏踊りが起源といわれています。
以下の図版が併記されていますが、踊り手は皆、団扇を手にしています。
このように住吉踊りに団扇が使われたのは悪霊や病魔を撃ち払うという意味が込められていたでしょう。
したがって当時の団扇文様は単に涼しさを求めるアイテムというだけでなく、
災いを追い払うという願いが込められていたはずです。
団扇文様をまとめて紹介しましょう。
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団扇 | 押合団扇(おしあいうちわ) |
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薄に団扇(すすきにうちわ) | 団扇 |
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唐団扇(とううちわ) | 羽根団扇 |
団扇そのものは中国から伝わったものですが、中国では、団扇には死者の霊魂をよみがえらせる力があるとされ、
支配者の権威を示すもので、儀礼用に使用したものです。
日本では江戸時代になり、簡便な団扇が考案されると、ウナギの蒲焼きでお馴染みの風送りとして重宝され、
庶民的な生活用具となりました。街には団扇売りの行商もいました。
文様では、儀礼や魔よけの意味合いが薄れ、単に涼しさを表す文様に変化していきました。
(図版は『日本の文様 染めの型紙』クレオ刊、『DVD付江戸文様素材集697』新人物往来社刊)
15 August 2012
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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