遺された楽しみ

以前から「母の遺したきものを見てほしいのよ」と、名古屋に住む友人Hさんに頼まれていた。
そうはいっても、横浜と名古屋、互いに仕事を持つ身であれば
「じゃあ、今度の週末に」というわけにもいかず、延び延びに。
今年4月に沖縄で会った時に「そろそろ実行しよう」ということになり、6月7、8日の1泊2日の日程で名古屋に行った。

ご実家の2階に上がると、和室にたとう紙の山がいくつもできていた。
Hさんのお母様は、うちの母以上の、相当なきもの好きだったようだ。
処分する物と、取っておく物に分けなければならない。
Hさんが「これは、私が着たいから取っておくぶん」という紬のたとうから開いてゆく。



妹のYさん、若手造園家のRさんも加わって、次々とたとうを開ける。



「Rさん、欲しいのがあったら、持って行ってね」とHさん。
Rさんは「これ、いいですね」と横絣で大胆な縦縞を表した紬を羽織ってみる。
帯は何が合いますか?ということで、ベージュがかったピンクの地に漆糸で文様を折り出した一本を合わせてみた。
薄いベージュの帯締めで明るさを出せば、若い人にも良さそうだ。

  

「きゃー、かわいい! けど、これは私たち使わないよね」という帯。
でも、こんないい帯、処分するのはもったいない。
そこで、後から出てきた鮫小紋で波文様を出した黒の江戸小紋に合わせてみた。
グレーの帯揚げで落ち着かせると、「いけるじゃないの」「いけるよね」と、だんだん楽しくなってくる。

  

おじいさまの黒のひげ紬の羽織は、「男物は要らないな」というHさんに「ちょっと羽織ってみて」と無理強いしてみた。
「仕事着にすればいい、冬は腰が温かいはず」と勧める。
大人の女性が着ると、ちょっとコム・デ・ギャルソン風にカッコいい。
要らないと言っていた人が「これ、私使うわ」に変わった。



黒と焦げ茶でモダンな柄を出したお召は一見地味だが、地紋のある白の地にかわいい扇を並べた型染めの帯を合わせ、
オレンジの帯揚げ、若草色の帯締めで、ぐっと若返る。
この帯は、ピンクの紬にも、よく合う。その場合は若草色の帯揚げと紫の帯締めを。

  

この辺から、みなさんにも帯揚げや帯締めの果たす効果が、じわじわと理解できてきたようだ。
そう、そこがきものの面白いところなのだ。


2日目は、HさんYさん姉妹に、友人のKさんとOちゃんが加わって、きものコーディネートパーティーの様相を呈してきた。
Yさんが、どうしてもこれは私が着たいという絽のきものには、ドクダミの花のおとなしめの帯。
水色と白の帯締めで引き締めて涼やかに。
紺の結城紬(たぶん、そうだと思う)には、「おしどりの帯、どう?」との声が上がり、
ブルーグレーの帯揚げと紫の帯締めをアレンジ。

  

淡いグリーンの地に蚊絣が広がる紬を着たHさん。
最初は、型染の付け帯を合わせた。大人の遊び着っぽくなって、いい感じ。
同じきものに、今度は赤が基調のチェックの帯を。結構、雰囲気が変わって面白い。

  

絣の蝶々の帯は、あまりにかわいすぎて、どうしたものかと思っていたが、
Oちゃんが選んだ紺に赤の横絣のきものに合わせたら、全体が明るくなった。
Oちゃんは、これでお芝居を見に行きたいそうだ。
背の高いKさんが試してみたのは、白大島の訪問着。
格天井柄の帯にクリーム色の帯揚げ、帯締めで。大人は大人らしく、でも明るい装いが素敵だと思う。

  

蚊絣の素敵な大島紬は、シンプルなだけにアレンジが楽しめる。
ますは、落ち着いたグレーの染め帯にオレンジの帯揚げと紫の帯締め。
そして、黄色に大胆な椿の染めの帯には、若草色の帯揚げと帯締め。
どちらも、おしゃれ着として、しっかり働いてくれそうな組み合わせだ。

  

クリーム色の紬に紋が入っていたので、もしやと思い広げてみたら、青海波の裾文様が。
訪問着ならば、格天井の織の帯を合わせて格式を上げるのが良さそう。
「歌舞伎役者の奥さまみたいに展覧会の初日に、これでごあいさつに立つのはどう?」と、みんなの妄想は広がる。
Hさんのパートナーは陶芸家のKさん。

  


きものも帯もここには写真を載せきれないくらいあって、こうして遊んでみると、帯だけでもこんなに残すことになった。




きもののプロではない私なので、みんなの質問に全部は答えられなくて申し訳ない。
でも決まり事なんて、昭和の着付け教室が作ったものが多いのだから、
素人はそれに縛られることなく、自由に楽しめばいいのだと思う。

今回のHさんYさん姉妹の場合もそうだが、親の遺したきものを、つぶさに見ていくと、
たまに「これ、何? なんでこんなの選んだんだろう?」という物も出てくる。
そこには、娘の知らなかった母の一面があったりするのかもしれない。
そういう発見もいいなと思った名古屋の2日間だった。

12 June 2018  文・写真/八谷浩美

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