クマさんの和更紗草子 其の八

和更紗おもしろ柄⑤

霊獣霊鳥

和更紗に現れる動物は、想像上の動物、鳳凰、龍、雨龍、唐獅子。日本にはいなかった象、孔雀。
そして、栗鼠や蝶などさまざま。ほとんどの動物文様は不思議な形にデフォルメされています。
写実的に文様にするのではなく、いかに面白く人目を引きつけるかを考えていたのでしょう。

龍、雨龍

今回は想像上の動物であり、信仰とも深い関係がある龍と雨龍の文様を取り上げます。
更紗はインドが発祥で、その影響を受けて多くの国でもインド更紗を模倣するところから始まっています。
当然インド風の文様が多い、というよりも、インドの文様を取り入れることによって、より付加価値が上がり
インド風の異国情緒を感じさせる文様、色使いが多くなりました。
しかし、和更紗にはインド更紗にはない、龍の文様が見られます。さらに「雨龍(あまりょう)文様」も見られます。
「龍」は中国から伝わった、霊力を持った想像上の生き物で、
天に昇り、その啼き声によって雷雲を起こし、恵みの雨を降らせるという「水神」として、
古くから多くの人々に信仰されてきました。
また、「海神」としても漁民たちが大漁を祈願しました。龍は水との関係が深い霊獣です。
このように信仰心の篤さから、和更紗の文様にも多く取り入れられたのだと思われます。

和更紗の龍文様は、はじめの頃は中国から伝わった定番の形でしたが、
徐々にその型から離れて、正面向きの龍や、単純化された日本独自の龍文様が生まれました。

「雨龍」の読みは、(あまりょう)(あめりゅう)(うりゅう)(うりょう)などさまざまです。
雨龍はみずち龍(あまりょう)すなわち「みずち」という幼龍で、人目につかない岩場や、木陰のしめった所を好むと伝えられています。
形は角を持たず体は水のような雰囲気をした、どちらかというと愛らしく親しみやすい龍神です。
水不足にはいつの時代も悩まされ、長く日照りが続く時には、雨乞いの行事が盛んに行われていました。
その象徴としてこの雨龍文様が生まれたのではないかといわれています。
龍の本場、中国ではほとんど見かけない文様です。中国では絶対の力を持つ龍が主流であり、
日本では親しみのある形、水神にも人気があったのでしょう。
ちなみに、京都の「天竜寺」「南禅寺」の寺紋はこの雨龍です。家紋にも雨龍は登場します。

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1 赤地龍唐子唐花文様更紗 長崎 江戸後期
長崎更紗の中央には龍文様、周囲に長崎更紗特有の唐子や、
唐花文様の飾り枠が施されています。
風呂敷使用といわれていますが、中央に龍の顔があるので、
掛け帛紗か打敷きとして作られたのではないかと思われます。
*画像はクリックで拡大されます
2 赤地龍唐子唐花文様更紗 長崎 江戸後期
大胆で珍しい正面向きの龍です。
動物の家紋には正面向きの兎などもあります。
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3 白地雲龍鳳凰文様更紗 京 江戸後期
更紗本来のユニークな形の龍と鳳凰(?)。
何とも、とぼけていておおらかな形で、
私はこういった面白い柄が好きです。
4 白茶地龍文様更紗 京 明治
普通、龍文様は雲などを組み合わせて作っていますが、
この文様は龍のみで構成しています。
龍の体の流れが
上へ上へ、下へ下へと視線を移し
奥行きを出す構成がとてもうまいと思います。
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5 黄地雲龍立涌文様更紗 明治
これも正面向きの龍。
龍は天に向かって雲の上まで登り、雷雲を起こす。
もう一方の赤い丸は太陽のイメージか、
龍のパワーをシンボリックに表したものか不明です。
6 白地雲龍立涌文様更紗 明治
日本風な立涌文様に龍と雲とを組み入れた文様。
明治時代になると
海外から化学染料が入ってきたので
江戸時代の文様の雰囲気から随分と変化しました。
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7 白地雲龍丸文様更紗 明治
藍色の地文様が龍の鱗のイメージに見え、
丸の中の龍と重なって面白い効果を出しています。
8 白地雲龍文様更紗 京 明治
明治から大正時代になると、
定番の龍の形になり、
更紗本来のおもしろさがなくなってしまいます。
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9 白地龍の丸に草花文様更紗 堺 明治
龍と草花文様を丸紋にし、
龍は雨龍ともとれる形です。
何を文様にしたのか解りづらいですが、
そこが和更紗の面白いところでしょう。
10 赤地丸雨龍文様更紗 江戸後期
随分省略した雨龍ですが、
単純化したパターンは
文様の作り方としては面白いです。
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11 緑地雨龍丸文様更紗 京 江戸中期











江戸時代の裃文様を復元した雨龍文様。
図案=熊谷、彫り=内田勲、染め=中野史朗。
詳細は拙著『和更紗江戸のデザイン帳』をご覧ください。
12 黒地雨龍文様更紗 江戸後期
小紋染めなどに見られる、
菱形の格子状の文様になっています。
雨龍は丸や四角、縞文様に変形して
使われることも多かったのです。
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江戸時代の和更紗文様は必ずしも繊細であることを主に考えているのではなく、
手先の動くままに少々「ゆるい」感じで、のびのびと作った文様も多く見られます。
現代人から見るとその「ゆるさ」に人間的な温かみを感じることができます。
着ることを目的とすれば動きの中で使う布は、精緻さにこだわることもないのでしょう。

11 December 2018

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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