クマさんの和更紗草子 其の十

和更紗おもしろ柄⑦

獅子

日本初の更紗指南書であり、安永7年(1778)刊行の『佐羅紗便覧』には
「獅子手」という絵柄見本が掲載されています。
「手」とは○○のようなという意味合いです。
唐花文様のあいだに、何とも不思議な動物がいますが、
これが「獅子」といわれている図案です。
「獅子」は通常ライオンということですが、
当時の人たちが実際のライオンを見たわけではなく、
中国や西方から伝わった、権威・力強さの象徴としての獅子文様です。
中国では百獣の王として権威づけられ、
建造物の飾りなどに多く使われていました。

「唐獅子」文様は体が渦巻きのような巻き毛に覆われた
幻想的な形状で表現された獣文様です。
「唐」は舶来のもの頭に付けた名称で、
中国に限らず西方から来たものという意味合いです。
唐獅子は日本ではふすま絵や工芸品に多く描かれていますし、
歌舞伎でも「石橋(しゃっきょう)」という「獅子物」が演じられています。
獅子は和更紗のなかにも架空の聖獣として、
百花の王「牡丹」との組み合わせで登場しています。
*上記、歌舞伎と能「石橋」のリンク映像では、ほぼ4~5分台で獅子が登場します

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1 赤地獅子花唐草文様更紗 京 江戸後期
『佐羅紗便覧』の「獅子手」を手本に染められたもの。
色の使い方も指南書にほぼ忠実に使われています。
稚拙な柄ですが、このゆるい感じが和更紗のおもしろさでしょう。
お茶道具の小袋に使われていたものを見かけたことがあります。
*画像はクリックで拡大されます
2 白地唐獅子唐草文様更紗革染め 江戸中期
武具使用の革に染めたもの。甲冑など武具使用の革には、
中型の文様が染められたものが多く残っています。
布よりも以前に型紙を使って文様染めが行われていました。
平安時代には革に文様染めが行われ、
鎌倉時代には
「踏込型」という技法で細かな文様が染められています。
室町時代には
更紗などの型染めとほぼ同じ技法で染められています。
つまり、和更紗文様は
布よりも先に革に染められていたことになります。
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3 藍地唐獅子牡丹唐草文様更紗 堺 江戸後期
百獣の王である獅子と百花の王である牡丹は、
中国から伝わった大変縁起の良い文様。
この唐獅子と牡丹は能や歌舞伎舞踊の「石橋」を
意味することが多い文様です。
当時の多くの人たちは獅子と牡丹の組み合わせ図柄から、
すぐに、この「石橋」をイメージできたと思います。
4 白地唐獅子文様更紗 長崎 江戸後期
ほぼ1メートル四方、正方形で広幅木綿、
長崎更紗の縁取り部分文様。
何ともカラフルでユーモラスな唐獅子です。
力強さの表現はなくなり、
装飾性を重要視した豪華なイメージのする文様です。
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5 白地唐獅子唐草文様更紗 長崎 江戸後期
さらに単純化され、
ゆるキャラ風の獅子と牡丹をイメージした花唐草。
これも長崎更紗の縁取り文様の一部分です。
権威はないが躍動感みなぎる獅子文様は、
江戸時代のおおらかさを充分に表し、
楽しく親しめるようになっています。
6 茶地獅子文様更紗 長崎 江戸後期
正面向きの獅子。動物を真正面から描くのは珍しいでしょう。
しかも丸の中にきれいに納めています。
こういった制約の中にうまくデザインすることは難しいのに、
江戸時代の絵師は自由な発想で見事にまとめています。
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7 赤地獅子雲珠文様更紗 堺 江戸後期
中国伝来の雲珠文様は神社や寺の荘厳具に使用されているので、
日本人には親しみやすい文様でしょう。
その雲と一体化するように隠し絵のように獅子が描かれています。
当然、雲珠文様がメインでこの文様構成を考えたのでしょう。
遊び心のある文様です。
8 白茶地獅子龍花丸文様更紗 明治
日本独特の丸文様。
丸紋は花と輪宝(密教法具)文の2種。
獅子と龍は丸紋の中に巧みに構成されています。
鏡袋に使用されていました。
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9 鼠地獅子草花文様更紗 京 江戸後期
生地は中国からの輸入品と思われます。
綾織り風の目の細かな木綿。
ユーモラスな表情の獅子と落ち着いた色調の草花文様は
使い勝手が良さそうな文様となっています。
10 白地正平革文様更紗 京 明治
唐獅子牡丹に「正平六年六月一日」と入れたものを
正平革文様といいます。
本来は②と同じように革に染められた文様です。
伝承では正平年間(1346~1369)に
将軍が武具に使用する革に染めさせた文様といわれていますが、
明確なことは解りません。
室町時代以降盛んに使用された革染め文様で、
バリエーションも多く、その人気から
木綿にもこの文様が使用されるようになりました。
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11 白地正平革文様更紗京 明治
⑩と同種の文様です。
明治になり、文様は簡略化されて、
獅子も牡丹も解りづらい文様になってしまいました。

どうも、流行の文様は最初の頃は力が入って文様の密度が濃く、
アイデアも豊ですが、需要が多くなると
生産性ばかり考え、どんどん手抜きになっていくようです。

15 February 2019

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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