前回は直線的な幾何学文様を紹介しました。
今回は曲線を中心にした幾何学文様。こちらも基本は曲線でも、ゆるい幾何学文様ばかりです。
曲線のなかでも丸は日本人が得意とした文様です。
古くから伝わる家紋はほとんどが丸紋で構成されています。
和更紗の丸文様は輪郭線だけは丸になっていても、内側はどんなものでも丸の中に納めてしまうという、
大胆な発想の文様で、世界的に見ても高い構成力です。
17世紀から18世紀前半にインドから日本に渡ってきた「古渡更紗」のなかに、
後に日本では「紋ツクシ手」文様と呼んでいる文様があります。
すでに、交易が盛んであったインドに発注した「日本向け更紗」です。
これは日本の家紋を参考にしたといわれています。
このほか「立涌文様」という縦の曲線の面白いものがあるので紹介しましょう。
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A
矢を携帯するときに使う「矢籠(しこ)」。
素材は鹿革、文様は「紋尽くし手」です。
洒落者の武士がこの文様を選んだのでしょう。
型染めは布よりも革の方が歴史が古く、鎌倉時代以前から、
武具に使われていた革に文様が染められています。
写真の矢籠はいつ頃のものかははっきりしませんが、
たぶん江戸時代か室町時代でしょう。
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*画像はクリックで拡大されます
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B-1,2,3
日本初の更紗指南書『佐羅紗便覧』にも掲載されている「紋尽くし手」文様の更紗。「矢籠」の文様と同種です。
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この見本帳を参考にして「紋尽くし」の図案を作ったのでしょう。
現存する当時の和更紗のなかでもバリエーションが多数見られることから、
江戸時代の人たちには魅力的な文様だったことが解ります。
(『佐羅紗便覧』についてはいずれ紹介します。)
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1 鼠地紋尽くし丸文様更紗 京 文化文政
写真では生地が解りませんが、
ガーゼの様な柔らかい風合いで非常に軽い木綿です。
この木綿が日本のどこで織られたのか正確には解りませんが、
おそらく、関西か中国地方でしょう。
文様は家紋らしきものですが、
さて、一つ一つにはどんな意味合いがあるのか?
想像するのも面白いでしょう。
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2 白地草花丸文様更紗 京 江戸後期
同種の文様も時代が下がると几帳面に整理され、
一つ一つの丸文様も自由さがなくなり、おもしろみが減ります。
どうも、日本人は整然とした文様のほうが
価値観が高いと見る傾向があるようです。
もちろん商品としてはこちらのほうが良かったのでしょう。
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3 黒地丸文様更紗 京 江戸中期
文化文政時代よりも古いと思われます。
黒地の更紗は珍しく、
斑無く黒に染めるのは難しいことでした。
手描き風にも見えますが、型紙使用の捺染です。
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4 緑地海松唐草文様更紗 堺 江戸後期
「海松(みる)」とは深緑色の海藻で、
万葉集にも詠まれています。
平安時代の貴族の衣装にも
「海松文」として使われているように、
歴史の古い文様です。丸の中の文様が海松です。
海松についてはリンクをご覧ください。
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5 赤地花入り丸文様更紗 堺 江戸後期
堺更紗に見られる色の組み合わせ。
青の部分が少ないのですが 1700年の初めにドイツでできた、
プルシアンブルーという顔料。
江戸時代の後半に堺に大量に入っています。
この顔料を浮世絵では「ベロアイ」といって盛んに使っています。
「ベロアイ」は「ベルリン藍」がなまって呼ばれたということです。
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6 鼠地花入り変わり格天井文様更紗 京 文化文政
格天井文様とはいえないかもしれませんが、
菱形と丸の組み合わせが複雑に絡み合い、
緊張感のある文様です。
さらに、フリーハンドの黒の糸目(輪郭線)が
温かみを加え、染めも見事です。
和更紗ならではの職人技の極みと私は見ています。
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7 白地草花丸文様更紗 京 江戸後期
よく見ると得体の知れないパターンがいっぱい。
中央部分は唐花文様と思われますが、
どこが花弁でどこが葉なのか、あるいは蕾か?
白い部分の放射線の意味は?
その外側の茶色の部分には魚のような、人のような、
解らないものが並んでいます。
丸と丸の間の空間には植物の葉らしきものが回転しています。
当時の人たちはこれらが何を意味していたのか
解っていたのでしょうか。
型彫りや染めの技術はとても高度なものなので、
文様もしっかりと意味のあるものだろうと想像しますが、
私には理解不可能な形ばかりです。
こんな謎解きも和更紗のおもしろさでしょう。
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8 白地花唐草文様更紗 京 江戸後期 白茶地唐草文様更紗 京 江戸後期
この、渦巻き状の文様も当時、親しまれていた柄の一つで、文様の大きさや色を替えたバージョンが多く残っています。
リズミカルな文様で、心地よい動きを感じるところが、当時の文様としては新鮮であったと思えます。
空想の花柄なので季節感もなくいつでも着られる良さも愛された点だったでしょう。
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立涌文様は日本で生まれたといわれています。
水蒸気が立ち昇るイメージの文様で、気分が高揚するイメージにも繋がり、大変縁起の良い文様です。
和更紗では立涌の基本線を装飾し、さらに、内側の空間に花や雲、なかには龍をはめ込んで楽しんでいます。
立涌本来の意味合いから離れてさまざまなものがアレンジされています。
リズミカルなパターンでもあるので現在でも頻繁に利用されている基本形です。
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9 薄蘇芳地花入り立涌文様更紗 堺 江戸後期
立涌の部分は藤のイメージでしょう。
その中に3種類の空想上の花柄が組み込まれています。
色調が落ち着いていて用途が広そうです。
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10 白地草花入り立涌文様更紗 京 江戸後期
上図と同じように花柄ですが、
立涌の膨らみを強調し、
遠目には菱形の繋ぎにも見えます。
花柄は似ていますが3種類。
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11 茶地草花入り立涌文様更紗 京 江戸後期
全体を赤系統で統一して落ち着いた雰囲気の立涌文様です。
花柄を白く抜いていますが、和更紗の染めでは防染糊を使わないので、
バックを染めるときに花の部分を残して染めます。
バックは同じ色ですが型紙は2~3枚使っています。
したがって、白の文様を染め残すのは難しい作業です。
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12 白地草花入り立涌文様更紗 京 江戸後期
縦に流れる曲線は優しく、おしゃれにみえるのでしょう。
小花をちりばめて可愛らしさを表しているように見えます。
女性のきものにはぴったりな文様構成に思えます。
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13 白地小花入り変わり立涌文様更紗 京 江戸後期
小ぶりな立涌文様を中心に6角形の枠に
小花を入れた文様を組み合わせています。
大きさや組み合わせの変化で立涌文様も趣を替えます。
立涌文様はこのように空間処理を変化させても、
それなりのまとまりがつき、使い勝手の良い基本形です。
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14 黄地雲龍立涌文様更紗 明治 15 白地雲龍立涌文様更紗 明治
趣が変わって龍の正面向き。立涌の本来の意味からすればこのような柄がピッタリでしょう。
立ち上がる蒸気に乗って天に昇る龍。龍は水神、海神であり、恵みの雨を降らせる。
江戸時代の和更紗文様は異国情緒なものへの憧れに始まり、
やがて、明治時代になると、現実的な願望に沿った文様に変わっていくものが多くなっています。
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前回と合わせて幾何文様を見てきましたが、
どの文様も遊び心満載であり、文様の構成力も高いものばかりです。
あらためて江戸時代の職人のデザイン力と、それを染め上げた染め師の力量に感服です。
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