クマさんの和更紗草子 其の十九

和更紗の技法

江戸時代の職人たちは共通して、技法は絶対に口外しない、仕事場は部外者には見せない、
ましてや技法書などといった形で記録しない、というように閉鎖的でした。
和更紗に関しては「鍋島更紗」以外は、文書として技法や産地が確定できる内容の記録がほとんど見つかっていない状況です。

一般的に染色の文様は「先染め」という糸の状態で染めたものを織って文様を表現する方法と、
「後染め」といい、白生地に文様を染める方法に大きく分類できます。
このうち「後染め」には染料や顔料を生地に塗る「捺染法」と、染液の中に生地を入れて文様を染める「浸染法」があります。
現存する和更紗の多くは丸刷毛による「捺染法」で染められています。
さらに、和更紗の染技法は大きく分けて3種類、「描き更紗」 「型摺り更紗」 「型摺りと木版併用更紗」 に分かれます。

描き更紗

「手描き彩色更紗」ともいい、顔料や染料を筆や刷毛で直接、木綿布に手描き彩色する方法で、
インド、ペルシアやシャム更紗が代表的なものです。

描き更紗は金巾更紗(かなきんさらさ)ともいわれますが、
「金巾」とはインド産の極細い糸で織られた良質の木綿のことで、描き更紗にはこの木綿を使わないと細かな表現ができません。

江戸時代には暹羅師(しゃむろし)なる更紗専門の職人がいて、
インドから渡ってきた更紗の模倣から始め、高度な文様染めを仕上げることができるようになりました。

描き更紗の技法書に当たる『佐羅紗便覧』などが出版され、手順が詳しく書かれています。
しかし、その後何度も改訂版が発行されたにもかかわらず、
現存する和更紗の中には、この技法を使って染めたと思われる更紗がほとんど見当たりません。
どれほど描き更紗が普及したか甚だ疑問です。
描き更紗については『南蛮長崎草』(永見徳太郎著、大正十五年刊)や
『萬金産業袋(ばんきんすぎわいぶくろ)四』(享保十七年刊)にも簡単な説明が記載されています。

では、どのようにして手描き更紗の防染を行ったのでしょうか。
シャム更紗は蝋防染ですが、蜜蝋の輸入が厳しくなった桃山時代には、
革染めに使用された糊、一珍(イッチン)糊使用の糊防染をすることが我が国独自の手描き防染でした。
小麦粉を主とし、水を加えて練り、さらに、消石灰、布海苔、明礬を加えてよく練ると粘りが出ます。
これを筒筆で図案に合わせて模様付けをします。
色の部分は刷毛で色付け、乾燥後ヘラで糊を掻き落とすと簡単にとれ、その部分が白く残ります(掻き落とし糊ともいいます)。
この方法は水洗いの必要がなかったので、和更紗が水を通すと退色する欠点を補うことができました。
しかし、手描き更紗は手間がかかり量産ができない、さらに金巾と呼ばれるきめの細かい上質な木綿を必要とするなど、
産業として普及するのには問題点が多すぎました。

型摺り更紗

手描き更紗の問題点を解決するために日本独自の型紙を使用し、2色以上を刷り込む染め方が考案されました。
これが「型摺り更紗」です。

型染めの基になる型紙は渋紙でできており、薄くて彫りやすいものです。
また渋紙は、染める時にはしなやかで染めの布に馴染み、
しかも柿渋の防水性が高いので染料の浸透を防ぎ、さらに防虫防腐の効果に優れています。
この渋紙から作った型紙のおかげで、和更紗をはじめ、あらゆる型染めは日本独特の繊細な文様を染めることができました。

当時、小紋染めや、中型染めに使用していた型紙はほとんどが伊勢の白子で文様が彫られていました。
型紙は紀州藩の保護の下、販売の株仲間から全国の染め屋に届けられのです。
和更紗の型紙は一つの作品でも10枚から20枚程度の型紙を使い、小紋の形紙とは神経の使い方も大きく違います。
更紗の型紙は白子以外では、染め物の中心地である京都堀川流域、二条城前周辺でもかなり多く彫られていた可能性があります。
江戸時代の小紋の型紙については、京都の型紙を白子の株仲間が扱っていた記録があり、伊勢と京都の関係は深かったと思われます。

型紙の寸法は左右幅が着尺の約33センチ、上下幅はパターンによって違いはありますが、
15センチから30センチ(古い物ほど天地幅、送りが狭いといわれている)が多く、これを連続して染めます。
最初に黒糸目という輪郭線を、丸刷毛を使い摺り込みます。
そして、色部分の型紙で色を繰り返し染めますが1色を2~3度に分けて染め分けることが多いので、
全体としては10回以上の送りが繰り返されることになります。これを「追っかけ染め」ともいいます。

黒糸目の更紗を「カチン更紗」といい、イッチン糊を使用して、白い糸目を出すのを「イッチン更紗」といいますが、
現存する型染め更紗の中には白糸目の更紗はきわめて少ないです。
そして、これらの型染めには欠点もありました。
「合わせ星・送り星」という2ミリほどの点が等間隔で入ってしまう。
これは文様付けの際に型紙を移動させて見当を合わせるための目印なので仕方がありません。
地色を染める場合は1枚型ではできないので、2枚以上の型紙を使用しますが、
そのため繋ぎの部分に重なりができます。
しかし、1枚型で摺り込むと釣りの部分に白が出るなど不具合が出るため、これも仕方がないことでした。
また顔料は布に浸透して染まるのではなく、表面に付着するだけなので、裏側は白地のままとなります。
さらに、この型摺り更紗の最大の欠点は、顔料の耐水性が悪く、洗えば退色することです。
しかし、たとえこういった欠点があったとしても、当時の人たちにとっては
顔料の鮮やかさから生まれる、それまでには見られなかった華やかな色彩の文様に新鮮な魅力を感じたでしょう。

型摺りと木版併用更紗

手描き更紗から型摺り更紗に移行する段階で、一部分を木型で染め、残りの部分を手描きで染める方法が使われていました。
布は良質の目の細かな木綿。現存する物は極めて少ないです。

九州の「鍋島更紗」にだけ見られるもので、一子相伝の『更紗秘伝書』により染められていた、独特な技法で格調が高い更紗です。
最初に文様の輪郭線に黒の木版を使用し、次に型紙の摺り込みで5~6色を摺り、最後に赤の線にまた木版を使うという技法です。
木版の部分は紙の型とちがい細い曲線でも繋ぎがないので、シャープで複雑な曲線を染めることができました。

現在では人間国宝の鈴田滋人氏が木版更紗の技法を継承し、現代的な文様を考案しています。

江戸時代には染色産業が急速に進み、これを生業としている人たちは一定地域に集団で住み、仕事をしていました。
やがて、染色技法が複雑になり、生産量も多くなると分業化が進みました。
更紗の文様に関しても専門に図案を考える絵師がいて、古渡り更紗を参考にしたり、独自のオリジナルの文様を作り出しました。
そして、実際の型から和紙を染めて、100から200の見本を1冊の見本帳にまとめ、地方の染め屋に見本帳を置き注文を取っていたのです。
更紗屋(紺屋)ではその見本帳を見て、さらに細部の色の組み合わせなど、細かな注文を付け、型彫り師に依頼しました。
更紗の場合は複雑な型作りが必要なので、特に型彫りと、染めの職人の関係が密でないと成り立たちません。
当時から更紗を染める地域には渡りの型彫り師や、更紗染め職人がいたと思われます。


1 描き更紗
『佐羅紗便覧』に掲載されている図柄とまったく同じです。
生地は「金巾」という良質な木綿です。
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2 型摺り更紗
江戸時代後期の堀川更紗ですが、
型の天地寸法が13.5センチと非常に短い型です。
時代が古いほど短いですが、これは最も短いものの1つです。
その分、染めの送りが多くなり、染め師の負担が大きくなります。
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黒の線は数枚の型紙に分けて染めるので
線がズレることがあります。
3 糸目と送り
ほぼ同じ型紙を使っていますが「黒糸目(黒の輪郭線)」と「白糸目」の違いがあります。
白糸目の方が工程が多くなります。
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矢印部分の点は、
染めるときに見当を合わせるための「星」という印です。
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4 鍋島更紗
木版と型紙を併用した染めです。
黒と赤が木版で、曲線が切れ目なくきれいに繋がっています。
他の色は型紙を使用しています。
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5 鍋島更紗
木版と型紙を併用した染めです。
木版で染めた黒い線は布の裏側まで浸透しています。
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6 和更紗見本帳
文化12年(1815)に作られた見本帳。今から約200年前、京都の呉服屋さんが誂え見本として使用したもので、
この1冊に230種余の文様が入っています。
こういった見本帳が現在も大量に残っていることから、当時の和更紗人気がどれほどか想像できます。
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11 December 2019

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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