江戸時代の武具、陣羽織や刀袋などにはなぜか、和更紗文様で染めた木綿が使われていることが少なくありません。
しかし、文様は現代人が見れば可愛い小花文様や優しい色合いで武士とは結びつかないイメージです。
当然、武士たちはかわいらしさを基準で選んだのではないでしょう。
| |
刀は湿気に弱いので、普段は木製の白鞘(しらさや)に入れ、さらに刀袋に入れて収納します。
木綿の刀袋は丈夫で弾力があり、しかも、除湿効果もあるので、大切な刀を保護する袋物として適した素材です。
武具だけでなく、さまざまな茶道具や紙入れ、煙草入れなどの袋物にも木綿が多く使われています。
|
|
江戸時代の木綿の染め物の多くは、藍染めで単色で大柄な文様がほとんど。
それに比べ和更紗は多色染めで、しかも色鮮やかで、人目を引き、当時の最先端の染めものであり、
刀袋に使えば権威付けにもなったでしょう。
もちろん、名刀ならば名物裂といわれるような高価で貴重な布に納められたでしょう。
和更紗使用の刀袋は名物裂よりは価値が落ちますが、
多くの刀はこのレベルの布に納められていたのではないでしょうか(確信はありません)。
中には紙衣の刀袋もあります。(右の画像は、それぞれの文様の拡大写真です)
|
|
刀袋の他には陣羽織に使われていた和更紗が残っています。
陣羽織からチラリと見える裏側に色鮮やかな和更紗を使ったり、
写真のように意表を突いたまん丸の形の和更紗陣羽織もあります。
和更紗のおもしろさを充分に生かしたデザインです。
実用性はともかく、武士なりに人目を気にした洒落心が感じさせられますが、
常に命と対峙している武士にとっては、戦いの場で身につけるものについては縁起をかつぎ、
周囲に対しては強さを見せることが大切。それを表すアイテムとしては和更紗が適していたのでしょう。
|
陣羽織を着るときは、右のような形になります。
右のような子供用の鎧下もありました。ごく初期の和更紗技法が使われています。
|
「ゆがけ」という、弓を引くときの
革の手袋にも和更紗文様が染められています。
実は革に文様染めを行ったのは平安時代といわれています。
ゆがけだけではなく、武具に使われている革には
このように文様が染められています。
命を守る武具だけに
身の安全を願う不動明王などの文様が染められています。
また、強さの象徴として獅子と百花の王、牡丹の組み合わせも
人気がありました。
この革染めの技法が江戸時代になって
木綿の和更紗染めに大いに影響を与えています。
|
|
「鎖帷子」。人はとんでもないものを考えるもので、全身を鎖でくるんで、身を守るという発想。
安全かもしれませんが重くて身動きがとれないのではと心配。
写真の帷子は鎖を和更紗木綿の間に入れているので、外観では鎖は見えません。
しかし、当然、相当な重量です。丈夫で柔らかな木綿だからこそ、この様な加工ができたのでしょう。
文様は蜀江錦という中国の織物文様に似せた型染めです。家紋は和更紗の上に重ねて染めたものです。
「木瓜(もっこう)」文様は平安貴族の衣装にも使われた伝統のある家紋ですが、江戸時代には多くの武将に使われていたようです。
|
|
このように、和更紗と武士の関係は意外と深く、使用量も多かったと思われます。
需要が多ければ技術も発展し、価格はそれなりに安くなったでしょう。
和更紗はやがて、町民にも普及して文様の種類も一気に多くなりました。
武士の使用が和更紗の発展に大きな影響を与えたことは確かでしょう。
|
11 February 2020
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
|
|