霞か雲か
文部省小学唱歌『おぼろ月夜』は、「菜の花畠に、入り日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。」と歌い始めます。
ドイツ民謡が原曲の『霞か雲か』も同じ小学唱歌ですし、霞は俳句や短歌にもよく扱われています。
春霞の頃は寒い冬からの季節の節目になり、ぼんやりとした霞と共に何か物思うことも多い季節のせいでしょうか。
平安時代から霞は春、霧は秋、と分けられていました。
現代では、視界が1キロメートル未満が霧、それ以上は靄(もや)と区別し、気象用語では「霞」は使わないそうです。
波と同じように、霞はさらに形がありません。
しかし、この形のないものでも日本の絵師たちは見事に意匠化してしまいます。
霞までも風情ある文様にするというテクニックは、日本人ならではのアイデアが大いに発揮されています。
霞は絵巻物によく登場しますが、必要でないものを隠したり、時間の経過を表したり、
場面転換の道具に使われる都合の良いアイテムとなっています。 これも日本独自の表現方法です。
遠山桜
『古今和歌集』にある「春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく」(読人不明)
こんな歌をイメージして作られた文様でしょう。
桜並木の華やかさも良いですが、山の中に一本だけ咲く桜は周囲の芽吹きの色と相まって風情ある眺めです。
ましてや、霞がかかればさらに趣が深まります。
この文様は色の変化で、若い人もそれなりの人も着こなせる文様です。
桜に霞
春霞がたなびく中、桜が見え隠れしています。霞文様は優美さを表現するのによく使われています。
エ霞
片仮名の「エ」の字に似ているパターンなので、「エ霞」といいます。
霞文様の基本の形ですが、歌舞伎の舞台背景には大胆にこの形が使われています。
霞月
思い切った霞と月(丸い部分)の組み合わせを連続した文様です。
霞もここまでデザイン化されると、説明が必要ですが、それは野暮。
職人に説明してもらうようでは無粋の極み。
遠山
遠くにかすむ山並みを意匠化したものです。
山並みの重なりはそれぞれの人生と重なり、人々の心に響くものがあります。
風景文様には多く使われるパターンです。
花曇り
春の季語では桜が咲く頃、空が薄く曇っていることを「花曇り」といいます。
雲の間から桜の花がちらほら顔を出しています。
桜と雲の組み合わせをこう呼ぶのは、ちょっと強引な気もします。
鬼雲
今にも雨が降り出しそうな、黒々として勢いのある雲は、このように呼ばれることがあります。
雨は太陽と共に農耕民族にとっては最も大切なものです。雨を降らせる雲には五穀豊穣を託します。
雲形(くもがた)
霊芝雲
めでたい気が涌き上がる様子を形にした瑞雲のひとつです。
この形の雲は「霊芝雲(れいしうん)ともいいます。
「霊芝」とは薬になる万年茸の中国名で、縁起の良いこの茸に似ている雲形という意味合いです。
渦形(うずがた)
雲珠文(うずもん・うんじゅもん)ともいい、雲を珠状に繋げた文様です。
雲の定番文様で、神社用の染織文様や仏具などの装飾文様として多用されています。
着物の霞文様には細い線を並べたり、刷毛で掃いたようなものなどありますが、
形のない霞をこのようにデザインする繊細さは、世界に誇れる心の持ち方ではないでしょうか。
それにしても、昨今のPM2.5や黄砂に覆われた空は恐怖です。
良き昔を懐かしんでばかりいられない状態です。
工業製品を安く作ろうと、中国に依存している日本にも責任はあるでしょう。
何とかうまくやっていけないものかと頭の中まで曇ります。
03 April 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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