藤
10年ほど前、5月の中頃、東北を旅したときに見た光景は忘れることができません。
山全体が新緑におおわれた中に、一本だけ藤の大木があり、満開の花をつけていました。
山全体が藤の大木を引き立てるための、背景のようにも見えました。
藤の淡い紫色と山肌の萌葱色のコントラストは、まさに「日本の色」を思わせる淡いグラデーションが調和し、
その場のスケールの大きさもあり、思わず立ち止まって眺めていました。
今でもはっきりと頭の中に残っています。俳句の春の季語でいう「山笑う」はこんな風景かと思います。
藤の花は、平安時代後期の藤原氏が全盛だった頃に、藤原氏を象徴する花として尊ばれました。
『源氏物語宿木』では「世の常の 色とも見えず 雲居まで 立ちのぼりたる 藤なみの花」と薄紫の花は、
この世の常とは見えぬ気品を称え、高貴な色としています。藤見の宴も盛大に行われました。
「藤衣」という藤の繊維から作った着物があります。
平安時代に編纂された『古今和歌集』に、「藤衣」は載っているので相当古い時代から、着られていたのでしょう。
織り目が粗く、肌触りは硬いですが、水にも強く丈夫なので、江戸時代まで仕事着として使われていました。
平安時代は、喪服として使われたという説もあります。
平安後期は藤原氏全盛の時代であり、藤の家紋も多く考案されました。
上向きの「上り藤」、下向きの「下り藤」、菱形の「藤菱」など、優美な家紋は、80種に及んでいます。
亀戸天満宮『江戸名所花暦』
江戸で、藤の一番の名所は、亀戸天満宮境内でしょう。藤棚の下に茶店が並び、老若男女が憩う姿が描かれています。
佃島の住吉神社も人出が多かったようです。藤の花は三尺に及んだといいます。
広重の「太鼓橋と藤の花」も亀戸天満宮の浮世絵です。
藤棚
藤の花は薄紫や白などの蝶形の花を、長い房状につけて咲きます。 高貴な風情ゆえに、多くの文様が作り出されています。
藤の縞
藤棚から垂れそろった花の房は縞模様になり、粋な文様としてもてはやされました。 豊穣を表す文様ともいわれ、江戸を代表する文様となっています。
向かい藤花
山形の藤の花を、天地交互にし、向かい合わせにした文様です。 家紋「上り藤」「下り藤」のイメージからできた文様と思われます。
藤団扇(ふじうちわ)
藤の花を団扇の輪郭線上に配し、鎖状に繋げた文様です。
このような連続文様は離れて見ると縞に見えます。江戸時代はこういったダイナミックで派手な文様ももてはやされました。
藤棚の花は、とても豪華ですが、野生の藤もお薦めです。
野生の藤は、支えになる木に絡みつきながら、力強く咲き誇っています。
多くは足場の悪い雑木林に咲くので、なかなか近づきにくいですが、離れたところから眺めても、野生の美しさを感じます。
野生の藤は花の時期が短く、毎年同じように咲くわけではないですが、一瞬の美しさを見つけるのも楽しいものです。
郊外に出れば電車からでも発見することができます。ぜひ。
29 May 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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