雑巾 江戸のリサイクル
わたくしの子どもの頃の履き物は、下駄か、ズック靴でした。高校時代は冬でも、素足で朴歯の高下駄を履いて通学。
格好だけはいわゆる「バンカラ」というやつです。
砂埃や雨の泥などでいつも足は汚れるので、玄関には常に濡れ雑巾が置いてありました。
特に雨脚の強い日には必需品。今回は布巾や雑巾にまつわる文様です。
江戸時代は、リサイクルの考えが進んでいた時代といわれていますが、布の使われ方は、その典型です。
古くなった着物は、仕立て直して使い、古着屋に出し、さらに端布屋に出し、
裂き織り、おしめ、雑巾、燃料、灰、肥料というように、形がなくなるまで使いこなしてゆきました。
「灰買い」「くず買い」を職業にしている人もいて、灰を取引する「灰市」も立っていました。
このほかにも、エコの考えは進んでいて、傘の古骨買い、下駄の歯入れ屋、紙くず買い、古樽買い、などなど、
回収業や修理、再生業があり、全て、これらが商売として成立していたことに驚かされます。
現代ではゴミにしかならない物も、当時としては商品価値があり、細分化して使い切るという流れが確立していたので、
江戸の町にはゴミが出なかったということです。
このように江戸では徹底的にリサイクルが行われて、理想的な循環型社会が形成されていたことがわかります。
木綿の雑巾は水をよく吸うので、汚れたものを拭き取るのには最適です。
下に示す文様は、明治時代に出版された『日本の裁縫と女禮』という本の中の
「雑巾の挿し方と行儀の話」という項に掲載されている図版の一部です。
女生徒に教えるための、雑巾の文様です。それぞれの図の上部は点線になっていて、針の刺し幅を示しています。
洗濯した古い布を使って、針の刺し方を稽古します。
簡単な直線文様の「角渦巻き」文様から始まり、少しずつ複雑な文様になってゆきます。
その文様は日本に古くから伝わっている様々な幾何学文様で、その文様の名前と意味合いも一緒に勉強しています。
教師は「これらの文様の名前を聞かれた時、答えられるように名前だけでも覚えておくように」と教えています。
当時の子どもたちは文様の意味を、自分の手仕事を通して覚えてゆきました。
こうして覚えた文様の知識は、いつまでも記憶に残っていることでしょう。
綺麗に縫い上がった布巾や雑巾は親しい人に、贈り物にもしました。
現代のように便利な掃除道具があるわけではないので、汚れに気がついたときに小まめに拭き掃除をして清潔にしていました。
布巾は食器を拭いたり、ちゃぶ台を拭いたり、雑巾は掃除に使ったり、あらゆる時に必要なので、用途に合わせて何枚も必要です。
生活必需品であった布巾や雑巾の贈り物はありがたかったでしょう。
これらの伝統的幾何学文様については、追々書きますが、ここで上図と関連する文様を少し取り上げましょう。
重ね亀甲
「亀甲」は正六角形の繋ぎ文様ですが、亀の甲羅になぞらえて付けられた名称。
従って、亀文様と同じ意味合いで、吉祥文様の一つになります。この重ねは、左右に重ねた亀甲です。
七宝(しっぽう)
両端が尖った楕円形をつなぎ合わせた連続文様「輪違い文」ともいいます。
四方に連続する文様で、限りなく広がるところから、永遠に栄える縁起の良い文様とされました。
「四方」から「七宝」になったともいわれています。「宝尽くし文様」の一つ。
網代(あじろ)
檜の薄板や竹、葦などで編んだものを網代といいます。天井や、垣根に使われました。
その編み目に似ているところからこの名が付けられました。
麻の葉
六角形を基本にした直線文様ですが、麻の葉のイメージに重ねてこの名が付けられました。
麻は大変成長が早く、その生命力に託して、子どもの衣装に多用された、大変庶民的な文様です。
当時の日本人の美学からいえば、こういった雑巾のような生活の道具にまで細かな神経を使うのは、ごく自然なことでしょう。
我々は昔から、これだけ豊かな感性と美意識を持った国民性だということを、もっと自覚して良いのではないでしょうか。
26 June 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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