浴衣
この「文様がたり」は、ほぼ1年、50回を何とか越すことができました。
改めて日本の文様の種類が奥深いこと、意味合いが幅広いことに驚いています。
まだまだ、話は尽きないので、しばらくお付き合いください。
今回は「浴衣」。夏といえば、素肌に素足で着られる浴衣でしょう。
浴衣は平安時代は「湯帷子(ゆかたびら)」といわれ、公家など上級階級の人だけが着た、麻でできた湯浴み用の単衣。
室町時代には、「身拭い(みむぐい)」といわれた、湯浴みの後に体を拭う、汗取り用に着ました。
これも麻の単衣。江戸時代になると身拭いとして使うだけでなく、
祭り用の意匠、道中着、夏の普段着というように下着から外着へと普及していきました。
町人は絹を着てはならないと贅沢禁止令が出たことと、
江戸時代になると我が国でも木綿が大量に生産されるようになったことから、
それまでの麻から、木綿へと衣装の素材が大きく変換しました。
木綿は肌触りが良く、吸水性に富み、丈夫で洗濯にも強く、特に夏場の労働には最適です。
それに伴い、浴衣の文様にも、おしゃれ着の要素が加わりました。いなせな浴衣姿が見られるようになったのもこの頃からです。
浴衣の染め方はどんな方法でしょうか。「有松・鳴海絞り」も有名ですが、
今回は江戸の中期から盛んになった、「長板中形(ながいたちゅうがた)」「長板地白中形」という染め方の話にします。
「地白」とは、中形染めの紺地に対して、地が白く文様の線が藍色になる染め方です。
文字どおりの長板(3間、5.5mほど)に、生地を張って、片端から型紙を置いて、順番に糊置きをしていきます。
小紋などの引き染めとは違い、生地を瓶(かめ)の中に入れる「浸け染め」なので、裏面にも糊を置かなければなりません。
片面の糊置きが乾いた後、生地を裏返し、型紙も裏返して、表面と同じ作業をします。
そして、表面と裏面の文様をピタリと合わせなければなりません。文様にもよりますが、
一つの文様に型紙が2枚の場合には、表裏で4回型置きをすることになります。
藍瓶に生地を浸し、引き上げて空気に晒す、という作業を何回も繰り返します。大変な手間と細心の神経を必要とされる染め方です。
しかし、採算を考え、大正時代には大坂で「注染(ちゅうせん)」技法が開発され、現在は、プリントになってしまいました。
やはり、両面染めの長板中形染めは色の深みが違うし、飽きが来ません。
現在でも、この長板中形染めを行っている職人さんはいらっしゃいます。
浴衣としては高価ですが、展示場などでぜひ、プリント染めと見比べてください。
ここで、江戸から明治にかけて染められた、地白形の染めを見てください。両面に同じ模様を染めています。
古い布なので汚れがありますが、現在ではとても採算がとれないような、面倒な染め方です。
表裏にズレがある物も入っていますが、そこはご愛敬。
1 牡丹
(バックの文様は動物にも見えますが、何か解りません。お解りの方はご教授を)
2 松と萩入り変わり亀甲繋ぎ縞
3 小花
4 桜千鳥の変わり縞
5 紗綾形に雪輪松散らし
浴衣の文様には、雪輪文様が、よく使われます。「雪輪」という名前から来るイメージも涼を呼ぶ一つの要素です。
6 扇散らし
7 蕗、竹垣、藤の変わり破れ格子
4、6、7の色の濃い部分は、「潤み染め(うるみぞめ)」といって、
絞り染めの雰囲気に見えるように、わざわざ、型紙で作った文様です。
当然、型紙は濃淡部分が別々になっています。
幕末から明治にかけては、このように全面に同じ柄の繰り返し文様が流行しました。
それ以前はもっと大柄で大胆な文様でした。
江戸は埃っぽい町で、人々は毎日湯屋に行きました。内風呂はありませんでしたが、町内には必ず湯屋がありました。
東京に銭湯が多かったのはその名残です。
江戸時代の「湯屋」は現代のスパや健康センターのように、娯楽施設を備えた、社交場的な要素を含んでいました。
情報交換の場であり、囲碁将棋を楽しんだり、長屋の噂話をしたり、のんびり長時間過ごせる場所だったようです。
女性同士は浴衣の柄の話にも花が咲いたことでしょう。
藍色に染め抜かれた浴衣の裾が、夕方の風になびく姿を想像しながら、冷たいビールを飲みますか。
*今回の7点の布は荻窪駅の近く「呂藝」さんからお借りしました。私が東京で一番お世話になっている古裂店です。
時代裂、和更紗、ヨーロッパ更紗、縮緬、など、品揃えは豊富. です。値段も手頃。
10 July 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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