月と兎
今年、中秋の名月は9月19日。旧暦では7、8、9月が秋。
今年なら、その真ん中の8月15日が満月で、新暦では9月19日。何ともややこしいことです。
以前に雨の名前が多いことを書きましたが、「月」の呼び名も多い。
日本人の感性は鋭く、月の満ち欠けを一夜ごとに見分けることが出来ました。そして、一夜一夜で月の呼び名を変えています。
主な名前だけでも、新月、三日月、十三夜、十五夜、
望月(この「もちづき」から兎が餅を搗くという説もあります)、十六夜、立待月、寝待月、などなど。
妖しいまでに美しい天体、月の存在は近年特に薄くなり、
自然の中の真っ暗闇や、煌々と照らす満月の青白い光を体感する機会が全くなくなってしまいました。
月には兎とヒキガエルが棲んでいるという伝説は、子どもの頃から聞かされていましたが、この話は中国から伝わってきたものです。
月の明暗部分の模様を見るとぼんやりと、兎の餅つきのシルエットに見えなくもありません。
不老長寿の薬草や、餅を搗き続ける兎がいるということです。
そんな兎の意匠は奈良時代の遺物にも見られますが、桃山時代から江戸時代にかけてさらに多く見られるようになります。
これだけ注目される「月」なのに、単独の「月」の文様となると非常に少なくなりますが、
一ひねりして兎を月に見立てた文様となると数多く見られます。
雪月花
中国、唐の詩人白居易の詩に「雪月花の時」があり、平安時代の「和漢朗詠集」にも書き写されています。
後に、冬の雪、秋の月、春の花は日本の風雅を代表する美しいものとなりました。
この文様では「月」はうさぎが持つ杵という見立て。
木賊兎
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木賊波兎(橋下氏蔵)
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木賊と兎の組み合わせで「木賊兎」という文様がありますが、これは世阿弥の能「木賊」から生まれた文様です。
京都祇園祭の山車のひとつ「木賊山」も同じ。
我が子と生き別れになった老父が信州の園原(そのはら)という木賊の原で再会します。
園原は月見の名所として知られていました。
文様には月の代わりに兎が登場します。「木賊兎」は月の名所、園原であり、謡曲「木賊」をテーマとした文様となります。
ちなみに「園原」は私の郷里であり、現在は星見のツアーも行われるほど、夜空が美しい場所です。
兎
江戸小紋の中でも人気の文様です。ちょっと強そうな顔の兎ですが、よく見ると目玉の丸が微妙に大きくなっています。
雪に兎
雪の白に、兎の白を重ねた清らかな組み合わせです。正面からの兎も、後ろ向きの兎も家紋に見られます。
花兎
花樹の下、兎が座る姿は名物裂(めいぶつぎれ)の中の「角倉金襴(すみくらきんらん)」の文様を参考にして作られた文様です。
名物裂は鎌倉時代から江戸時代にかけて、主に中国から日本に伝わった織物で、茶の湯の世界で珍重された豪華な布です。
波兎
波と兎の組み合わせ文様も多く見られますが、「波兎文様」は出雲神話を基にした文様です。
謡曲「竹生島(ちくぶじま)」に「月、海上に浮かんで兎も波も走るか、おもしろの島の景色や」とあります。
小さな白波が立つと、兎が見え隠れして、海上を走っているように感じられるというイメージからできたといわれています。
江戸時代の兎文様は現在のような愛くるしい動物ではなく、俊敏性と、強い闘争心を表すことが多く、
古い時代の兎文様ほど、極端に耳が長く鋭い目つきをしています。
兎が可愛らしい文様になったのは明治時代後半からです。
兎
このような可愛らしい兎文様は明治の終わり頃から。
「月に魅せられ、歌を詠み、月に酔い、友と語る」といった心境にはほど遠い生活ですが、
せめて、その雰囲気だけでも味わいたいもの。今年の月見はどこで、誰と語りましょう。
18 September 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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