苧環(おだまき) 糸巻き
最近では、機織り(はたおり)をする人はめっきり少なくなりましたが、
昭和の初めまでは、農家の女性の副業として盛んに行われていました。
そして、着物産業に関わる人が多く、機織りが日本の大きな産業でした。
今回は機織りとも関係のある「糸巻き文様」です。
絹糸はもちろん、苧麻(ちょま)といわれる麻など、紡いだ糸は
中が空洞の四角い木枠に巻き付けます。この「糸巻き」のことを「苧環」といいます。
平安時代に在原業平が書いた『伊勢物語』にも詠まれているので、古来より使われていた道具です。
古の人々にとっては、一本の糸が豪華な織物に変化する様は驚きであり、
糸という素材が持っている神秘性に触れる想いは崇高なものであったでしょう。
そして、織物の道具は神聖なものとして扱われ、糸巻きもひとつの神器として扱われていました。
豪華な織物や染め物は祝い事の供物としても多く使われてきました。
したがって、苧環文様は平安時代には吉祥文様として用いられていました。
苧環
織物の「かせ糸」を枠に巻き取るもの。
「苧環」は七夕、乞巧奠(きっこうでん)のために供えられ、女性が裁縫や機織りの上達を願いました。
それで、女性の着物用に好まれた文様です。現代では子供用のカラフルでかわいい柄として人気があります。
苧環
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苧環と桜
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鎌倉に行くと何となく思い出すのが鶴岡八幡宮の静御前の話です。
「しづやしづ賤のをだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな」
静、静と繰り返し私の名前を呼んでくださった、あの昔に今一度戻りたいものです。苧環のように。
苧環に巻かれた糸が繰り出されるように、たえず繰り返して思ってくれるすべはもうないのでしょうか。
と、頼朝の前で、静御前が義経を思い、詠ったと伝えられています。
歌舞伎演目のひとつ『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』では、
「苧環」が物語を彩る重要な小道具として活躍しています。
道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)金殿の段、赤と白の麻糸を巻いた苧環を持つ男と女。
運命の糸に導かれるように悲しい恋の物語が紡がれています。
水に苧環
麻糸を織る時、水に濡らすと、繊維が柔らかくなります。そんなイメージの文様。
杉に糸巻き
能の演目のひとつに『三輪』があります。
大和国の女が毎夜通ってくる男の正体を知ろうとして、衣の裾に糸を付け、
後を追ってみると、その男は三輪山明神であった。この図では杉は三輪神社を表しています。
糸巻き
糸巻き文様には、長い糸に長寿や子孫繁栄の願いが込められて、嫁入りにはこの文様の着物や帯を持たせたと言われています。
古代の日本では、糸巻き全般を「千切り(ちぎり)」とも呼んでいました。
(「千切り」本来の意味は、機織りの部品のひとつで、縦糸を巻き付ける用具です。片仮名の「エ」の字の形をしています。)
「契り」と通じて縁起の良い文様とされていました。
山野草の中に「オダマキ」という花がありますが、この花の姿を苧環に見立てて付けられた名前です。
「糸繰り草(いとくりそう)」ともいいます。上品な薄紫色の可憐な花です。
私も最近は「糸」に関心を示すことなど全くなくなっていますが、
子供の頃には母親が、毎晩のように裁縫をしていたので、身近に糸があり、糸巻きもたくさんあったことを思い出します。
夜なべの繕い物はどこの家でもごく普通のことでした。 最近はミシンを使う人が増えているそうですが、うれしいことです。
16 October 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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