鐙(あぶみ) 武蔵野
着物の柄は女性用のものが華やかで注目されることが多いので、今回は男性が多く使う文様を取り上げます。
時代劇に登場する、馬のシーンには必ず見られる馬具のひとつに「鐙」があります。
馬の鞍の両端から下げ、騎乗する時に足を掛けるものです。
木や鉄で作られ、装飾的で大変手の込んだものが作られました。
この鐙のひとつに「武蔵鐙(むさしあぶみ)」があります。スリッパ状の形をしています。
鐙は中国で洗練され、西方のヨーロッパへと伝わっていきました。
この鐙によって馬上での動きが自由になり、騎馬民族にとっては大発見であったといえます。
日本にも埴輪に見られるので、古くから伝えられていたのでしょう。
武蔵鐙や馬具の文様は勇ましい武者を連想するので、着物文様では珍しく男性仕様の文様となります。
しかし、鎧、甲、馬の鞍などの馬具といった戦いの道具、武具が文様になったのは江戸時代からです。
最初は武家の男子の衣服文様として使われていましたが、徐々に町衆や、その子どもたちにも使われ、普及していきました。
鐙
こういった文様は子どもの衣装にも「強くなれ」との願いを託して使われました。
『伊勢物語』十三段に「武蔵鐙さすがにかけて頼むには とはぬもつらし とふもうるさし」のくだりが
あるのにちなんで、「武蔵鐙」の文様が生まれたともいわれています。
京から下って武蔵に住んだ男が、新しい女ができたことを「申し上げれば恥ずかしい、申し上げないのなら苦しい」と
京に残した女のもとに書いた手紙の表書きが「武蔵鐙」。
これに京の女が返した歌がこの歌。諦めきれない女の気持ちを鐙に付ける金具「さすが」にかけて表しています。
武蔵鐙
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鐙
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武蔵野
本来「武蔵野」という文様は尾花と昇る月の組み合わせで成り立っています。
しかし、この柄では鐙と尾花の組み合わせ。
「武蔵野は月の入るべき山もなし、草より出でて草にこそ入れ」という歌がありますが、
『続古今和歌集』の「武蔵野は月の入るべき峰もなし尾花が末にかかる白雲」が読み継がれ変化した歌です。
江戸時代、武蔵野台地は荒涼とした薄(すすき)の原でした。
武蔵野文様は、生い茂る薄と月の組み合わせでひとつの文様が成立していました。
乗鞍(のりくら)
馬に乗った人の背もたれとして馬に置く鞍。正面(前輪)から見た形で意匠化された文様。
轡(くつわ)
馬の口に咬ませて手綱を付ける金具。この柄は「十字轡」。
馬を先導するところから「人の前に出る」の意味に通じ、男の洒落着に使われました。
男の着物文様となると抽象的な縞柄が中心で、具体的な物の柄は洒落として、
裏地に使ったり、見えないところにそれとなく使うのが、粋なようです。
武蔵鐙の舞台、現在の武蔵野で、江戸時代の面影を探し出すのは大変難しくなりました。
しかし、江戸時代に作られた、武蔵野台地の「野火止用水」の復活事業や、「トトロの森」運動など、
少しでも元の自然を取り戻そうという動きが広がっていることには、希望が持てます。
23 October 2013
*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します
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