クマさんの文様がたり

早蕨 (さわらび)

春の気配を感じさせてくれる食べものに、蕨があります。
私は月1回の山歩きの会に参加しているので、この季節になると、
日当たりの良い道ばたの崖地で枯れ葉の中から蕨が頭を覗かせているのをあちこちで見かけます。
頭を出したばかりの蕨の産毛に春の日が当たり、命の輝きを感じさせてくれます。
蕨の先端は柔らかい赤ちゃんの握り拳に似た形で、手招きをしているようにも見えます。
昔の人たちはこの形が「熨斗」形に似ているとして、早蕨文様は縁起の良い文様とされてきました。
暖簾の文様に取り入れて「客を招き入れる」とします。
歌舞伎の舞台では暖簾や、着物の衣装によく見かける文様です。
最近では若い人たちの間でブームになりつつある、「手拭い文様」に使われています。
シンプルでカワイイ文様なので人気があるようです。

「早蕨」は『源氏物語』五十四帖のひとつにもなっています。
中君は「この春はたれかにか見せむ亡き人の形見に摘める嶺の早蕨」と詠い、
そして、平安時代の貴族などの和歌にも多く詠まれています。
『万葉集』志貴皇子
「石(いは)ばしる垂水(たるみ)のうへの早蕨の萌え出づる春になりにけるかも」
『拾遺愚草』藤原定家
「いはそそぐ清水も春の声たてて打ちてや出づる谷の早蕨」
厳しい冬を乗り越えて、最初に野山に現れる蕨のいとおしい姿には心惹かれるものがあるのでしょう。
そして、蕨は一気に1メートル近くまで伸びるので、
その小さい芽は、それだけの生命力を蓄えている春の聖なる食べ物としても扱われていました。
文様にも「命」という意味合いも込められて使われている気がします。
年を取ると、命の誕生を見るのがうらやましくもあります。

早蕨

早蕨

早春に芽を吹く蕨を「早蕨」と言います。
先端が丸く渦巻き、子どもの握り拳に見えるところから「蕨手(わらびで)」ともいいます。
祝儀袋の熨斗にも似ているので「熨斗文様」ともいい、客が入るようにと、暖簾の文様として人気があります。

早蕨

早蕨

この図は蕨の先端と葉の部分を交互に並べた文様。

早蕨

早蕨

文様の形がシンプルで、わかりやすく、簡単に描けることもこの文様が普及した理由でしょう。
そして、「さわらび」という言葉の響きも美しく、この文様が好まれる理由でしょう。

桜に早蕨

桜に早蕨

花といえば桜、春を告げる山菜といえば、まず蕨でしょう。
桜の華やぎと、蕨の芽吹きで春の喜び,大地の命を感じさせてくれる文様です。
「春」の語源のひとつに「草木の芽が張る(春)季節」という説もあります。

蕨の束

蕨の束

収穫した蕨を束ねた文様です。保存食にもなる山菜の代表的な材料です。

笹に蕨

笹に蕨

どこの里山でも見かける、のどかな早春の田園風景文様です。
笹は冬の寒さや雪にも耐え、新しい芽を吹きます。自然の圧倒的な生命力を見せつけられる季節です。

蕨手繋ぎに花

蕨手繋ぎに花

花の周囲を蕨形の文様で囲んだ,変形の蕨文様です。

子どもの頃には春になると食卓に蕨の天ぷらやお浸し、煮物が出ていました。
とても苦くて、おいしいとは思わなかったけれども、我慢して口にしたものです。
しかし、この年になると妙に懐かしい食べ物になってきました。デパ地下で見つけて買って帰ることもあります。
余談ですが、蕨の根から取れるデンプンを使って作る「わらび餅」は,
最近はサツマイモやタピオカのデンプンを使っているものが多く、本蕨粉を使ったわらび餅は今や高級品だそうです。
確かに、蕨の根っこからデンプンを取るのは「くず粉」と同じで大変な手間と時間がかかるのだから仕方ないでしょう。
私は2月の上旬に仕事場近くにある、古くからの小さな和菓子屋さんで「本蕨粉」で作ったわらび餅を求めました。
春の香りは上品で自然の甘さと、まろやかな舌触りでした。

05 March 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

バックナンバー
vol.084紗綾形 (さやがた)26 February 2014
vol.083源氏香19 February 2014
vol.082役者文様12 February 2014
vol.081海老・蟹05 February 2014
vol.080三番叟29 January 2014
vol.079扇 扇子22 January 2014
vol.078初釜15 January 2014
vol.07708 January 2014
vol.076正月飾り 熨斗(のし)01 January 2014
vol.075十二支25 December 2013
vol.074座敷遊び18 December 2013
vol.073千鳥11 December 2013
vol.07204 December 2013
vol.071楽器27 November 2013
vol.070水鳥20 November 2013
vol.06913 November 2013
vol.068秋の収穫 大根06 November 2013
vol.067唐草30 October 2013
vol.066鐙(あぶみ) 武蔵野23 October 2013
vol.065苧環(おだまき) 糸巻き16 October 2013
vol.064小紋の文様構成
(繋ぎ、散らし、破れ、崩し、尽くし文様)
09 October 2013
vol.063小紋三役02 October 2013
vol.062露芝(つゆしば)と秋草25 September 2013
vol.061月と兎18 September 2013
vol.060茄子11 September 2013
vol.059葡萄04 September 2013
vol.058撫子 ナデシコ28 August 2013
vol.057瓢箪(ひょうたん)21 August 2013
vol.056麻の葉14 August 2013
vol.055蝙蝠07 August 2013
vol.054朝顔31 July 2013
vol.053鉄線24 July 2013
vol.052立涌(たちわく、たてわき)17 July 2013
vol.051浴衣10 July 2013
vol.050七夕 星03 July 2013
vol.049雑巾 江戸のリサイクル26 June 2013
vol.04819 June 2013
vol.047雨 雨龍(あまりょう)12 June 2013
vol.04605 June 2013
vol.04529 May 2013
vol.04422 May 2013
vol.04315 May 2013
vol.042江戸の子どもたちと玩具文様08 May 2013
vol.041端午の節句 菖蒲文様01 May 2013
vol.040貝文様 潮干狩り24 April 2013
vol.039向かい文様  江戸時代の恋愛観17 April 2013
vol.03810 April 2013
vol.037霞か雲か03 April 2013
vol.036桜の花見27 March 2013
vol.035「花」といえば桜20 March 2013
vol.034春野13 March 2013
vol.033蘭、四君子06 March 2013
vol.032桃の節句27 February 2013
vol.031天神様と梅20 February 2013
vol.03013 February 2013
vol.029竹 - 206 February 2013
vol.028竹 - 130 January 2013
vol.02723 January 2013
vol.026蓬莱山と松16 January 2013
vol.025門松09 January 2013
vol.024宝尽くし03 January 2013
vol.023留守文様26 December 2012
vol.02219 December 2012
vol.021悟り絵12 December 2012
vol.020吹き寄せ05 December 2012
vol.019銀杏28 November 2012
vol.018紅葉狩り21 November 2012
vol.01714 November 2012
vol.016道具07 November 2012
vol.015人物文様31 October 2012
vol.014実りの秋24 October 2012
vol.01317 October 2012
vol.012草双紙と文具10 October 2012
vol.011小紋-2 型地紙と型彫りの技法03 October 2012
vol.010小紋-1 江戸小紋26 September 2012
vol.009江戸のガーデニングブーム19 September 2012
vol.008重陽の節句12 September 2012
vol.00705 September 2012
vol.006文字小紋29 August 2012
vol.005蜻蛉(とんぼ)22 August 2012
vol.004団扇15 August 2012
vol.003波文様五題08 August 2012
vol.002『波紋集』01 August 2012
vol.001梅鶴に松葉(うめづるにまつば)25 July 2012