クマさんの文様がたり

牡丹

「白牡丹と いふといへども 紅ほのか」 高濱虚子
私は俳句に詳しいわけではありませんが、牡丹を見ると頭に浮かぶのがこの俳句です。
字余りのところが気になって覚えたのかも知れませんが、
「白」という色は微妙な変化で、冷たい感じの白、暖かみの白、など意外と幅広い色だと思っています。
この句では潤いを含んだ「紅ほのか」ということばが、白に対する深い表現のような気がして好きです。

牡丹は中国が原産。薬用として栽培されていましたが、
唐の時代には鑑賞用の花となり、その豪華さから百花爛漫の花の王「百花の王」といわれました。
我が国では聖武天皇(724~749年)の時代に栽培されるようになり、平安時代の『枕草子』にも記されています。
日本では「富貴草(ふうきぐさ)」「深み草(ふかみぐさ)」「花神」ともいわれています。

牡丹が文様として開花したのは鎌倉時代。
禅宗の渡来を期に法衣、袈裟などの「宝相華(ほうそうげ)」文様に影響されてからと思われます。
宝相華文様は宗教的な意味合いを持ち、西域伝来のパルメット文様が加わり理想の花の形を作り出したともいえるでしょう。
鎌倉時代後期になって武士の間で牡丹文様が、使われるようになりました。
「百獣の王」である「獅子」と「百花の王」の「牡丹」の組み合わせ文様「唐獅子牡丹」として、
兜や鎧の装飾に、太刀や脇刀など刀装具にも意匠化されました。
強いものと美しい花の象徴としての文様はその後一気に普及してゆきます。
そして、牡丹と獅子といえば
能や歌舞伎で「仏道修行の困難を示唆」する『石橋(しゃっきょう)』での絢爛豪壮な獅子の舞いが浮かびます。
舞台の正面に石橋を表す一畳台と、大きな紅白の牡丹が据えられ、獅子が牡丹と戯れ、ダイナミックな舞いを披露します。
静かな舞いがほとんどの能の世界では、この「石橋」は例外的に動きの激しい舞い姿です。
唐獅子牡丹の図柄は武具以外にも、城や神社のふすま絵や衝立、屏風をはじめ多くの工芸品に登場しました。
そして、文様でも二つの組み合わせを「石橋(しゃっきょう)文様」といいます。

さらに江戸時代の園芸ブームにより、牡丹が本所の「四つ目牡丹園」、富岡八幡宮、
郊外の北沢邑(現在の下北沢)などで栽培が進むと、多くの人出で賑わったと伝えられています。
なにしろ、雪の中でも牡丹を観賞しようとして「寒牡丹」まで作り出したのだから日本人の風流な文化は驚くものがあります。
春牡丹、寒牡丹、冬牡丹とあり、さすが百花の王といわれるだけあり、
品種改良の結果、ほぼ一年中、牡丹の花は見られることになっています。

地落ち牡丹唐草

地落ち牡丹唐草

小紋の中でも、典型的な牡丹文様。

牡丹に蝶

牡丹に蝶

牡丹に蝶

単に「百花の王」の牡丹の上を飛び交う蝶に見えるけれども、別の意味合いが隠れているかもしれません。
歌舞伎舞踊『連獅子』は謡曲の『石橋』に題材をとったもの。
親子の獅子は牡丹に戯れ、蝶を追いかけ勇壮に舞います。獅子は見えませんが『連獅子』の留守文様ともいえるでしょう。

破れ網代に牡丹と蝙蝠

破れ網代に牡丹と蝙蝠

変わり網代に牡丹に獅子

変わり網代に牡丹に獅子

能『石橋』では唐獅子が薫り高く咲き誇る牡丹の花に戯れ、激しく舞います。

地落ち牡丹唐草

地落ち牡丹唐草

牡丹文様は先に書いたように獅子との組み合わせ以外にも、
個性の強い文様なので、単独で使われることも多くありました。
また、牡丹の花と、実際には関係のない唐草と組み合わせた「牡丹唐草文様」も人気の柄でした。
牡丹の豪華さと唐草の永遠に持続する力を合体させた文様は永遠の美しさを求めたからでしょう。
「名物裂」のひとつにもなっています。

「立てばシャクヤク、座ればボタン…」と、美人を花にたとえたのは
江戸時代の洒落本『無論里(ろんのないさと)問答』から。
「花の御寺」と呼ばれている奈良県桜井市の「長谷寺」には7000株の牡丹が咲くので、
花のシーズンに行こうと思っているのですが、なかなかタイミングが合いません。
でも一度にそれだけの牡丹の花を見たら、本来の花の美しさが見えなくなりそうです。
牡丹のような美人には、そうそうお目にかかれないのが常なのだから。
失礼。

09 April 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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