クマさんの文様がたり

蹴鞠(けまり)、手鞠(てまり)

蹴鞠

奈良県談山神社では蹴鞠祭りが毎年4月下旬に行われます。
蹴鞠は他に、京都下鴨神社など各地でも伝統行事として行われています。
奈良時代に中国から伝来した蹴鞠。『日本書紀』には
中臣鎌足が蹴鞠と思われるシーンで中大兄皇子に出会う場面が書かれています。
当時の蹴鞠の内容は定かではありませんが、サッカーのリフティングを思わせる演技だったのでしょう。
平安時代になり、貴族の間で広く親しまれるようになり、技の美しさや礼儀が重要視される球技で、
「天下太平」や「五穀豊穣」を祈願する目的で行われ、朝儀のひとつにもなりました。
日本での蹴鞠の形式がこの時代に出来上がったようです。
当時、清少納言が『枕草子』のなかで「蹴鞠は上品ではないが面白い」と書くほどに隆盛期を迎えていました。
その後、室町時代中期ぐらいには、公家だけではなく、武士や一般民衆までもが親しんでいたようです。

蹴鞠は「懸」、「鞠庭」といわれる、およそ3間四方の広場で、四隅に「元木」の桜、柳、楓、松を植え、
6人から8人が輪になり、鹿革製の「鞠」を蹴ります。
専用の「沓(くつ)」をはき、鞠を地面に落とさないように、全員が心を一つにして蹴り続けます。
「鞠」は鹿の滑革(ぬめがわ)2枚をつなぎ合わせ、重なる部分は腰革を巻き、中空にします。

蹴鞠は江戸時代になると、形式が緩やかになり、町人を中心に各地方でもスポーツ的な意味合いで楽しむようになりました。
また、見世物として鞠を曲芸のように扱う大道芸人「曲鞠」の名手も表れました。
現代でいう「フリースタイルフットボール」の元祖ともいえそうです。
しかし、文様では「王朝趣味」の文様素材として
、元木に使われた桜や、柳との組み合わせで使われることがほとんどで、雅びで気品の高い文様として扱われました。
人物が入らなくても、これらの組み合わせだけで蹴鞠行事の雰囲気が充分に表現され、これも「留守文様」の一つとなります。

柳に蹴鞠

柳に蹴鞠

鞠庭に植えられた柳と蹴鞠の組み合わせ。春風になびく柳の曲線が「蹴鞠」の雰囲気を表しています。

柳に蹴鞠と燕

柳に蹴鞠と燕

こちらは、さらに燕を加えて春の蹴鞠をよりリズミカルに表現しています。

手鞠

江戸時代の後期には五彩の糸で巻いた装飾的な「御殿鞠」が流行しました。
手鞠の歴史ははっきりしませんが、
鎌倉時代に武士の遊びとして数人で行う「手鞠つき」という遊戯があったようです。
その後、子どもの遊びとして行われ、江戸時代の半ばから、とりわけ流行したようです。
数人が円形になって行うものや、体を1回転して鞠をつく方法など、激しく体を動かす遊びでした。
様々な技が考案されたようです。
それと同時に、お年寄りなら誰でも知っている「向こう横丁のお稲荷さんへ1銭あげて…」
「あんたがたどこさ…」というような手鞠唄が各地方でいくつも生まれました。
京都の手鞠唄は「まるたけえびすにおしおいけ…」京都市内の「通り」が全部出てきます。
昭和の中頃まではどこの路地からも手鞠唄が聞こえたものです。

文様では「御殿鞠」文様が人気となりました。
もとは、江戸城の奥女中が手工芸品として作っていたといわれている鞠が町民の間でも作られるようになり、
装飾的な御殿鞠の文様は美しく、可愛らしい文様として多くの人たちに親しまれました。
これも王朝趣味の文様のひとつにもなっています。現在でも趣味で手鞠を作ったいる女性が多いようです。

手鞠

手鞠

手鞠の周囲を糸のラインが柔らかな雰囲気を醸し出しています。
手鞠は鮮やかな色調で可愛らしいところから、子どもの着物や帯に喜ばれた文様です。

手鞠

手鞠

手鞠 手鞠 手鞠


手鞠といえば良寛さんを思い浮かべる人もいるでしょう。
良寛さんは「子どもの純真な心こそが誠の仏の心」と解釈し、進んで童たちと手鞠などに興じたといわれます。
そんな話も文様には繁栄しているのでしょう、素朴な手鞠文様も見受けられます。

王朝趣味の蹴鞠文様や、手鞠文様は江戸時代の友禅染では品格の高い文様でしたが、
時代と共に普及すると、可愛らしさ、親しみやすさから、型染めの文様アイテムとなって
一般庶民の間でも人気の柄となって親しまれました。
最近ではサッカーボールの文様も人気がありそうです。

16 April 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

バックナンバー
vol.090牡丹09 April 2014
vol.089小花02 April 2014
vol.088将棋の駒26 March 2014
vol.087王朝趣味19 March 2014
vol.086かぶり物12 March 2014
vol.085早蕨 (さわらび)05 March 2014
vol.084紗綾形 (さやがた)26 February 2014
vol.083源氏香19 February 2014
vol.082役者文様12 February 2014
vol.081海老・蟹05 February 2014
vol.080三番叟29 January 2014
vol.079扇 扇子22 January 2014
vol.078初釜15 January 2014
vol.07708 January 2014
vol.076正月飾り 熨斗(のし)01 January 2014
vol.075十二支25 December 2013
vol.074座敷遊び18 December 2013
vol.073千鳥11 December 2013
vol.07204 December 2013
vol.071楽器27 November 2013
vol.070水鳥20 November 2013
vol.06913 November 2013
vol.068秋の収穫 大根06 November 2013
vol.067唐草30 October 2013
vol.066鐙(あぶみ) 武蔵野23 October 2013
vol.065苧環(おだまき) 糸巻き16 October 2013
vol.064小紋の文様構成
(繋ぎ、散らし、破れ、崩し、尽くし文様)
09 October 2013
vol.063小紋三役02 October 2013
vol.062露芝(つゆしば)と秋草25 September 2013
vol.061月と兎18 September 2013
vol.060茄子11 September 2013
vol.059葡萄04 September 2013
vol.058撫子 ナデシコ28 August 2013
vol.057瓢箪(ひょうたん)21 August 2013
vol.056麻の葉14 August 2013
vol.055蝙蝠07 August 2013
vol.054朝顔31 July 2013
vol.053鉄線24 July 2013
vol.052立涌(たちわく、たてわき)17 July 2013
vol.051浴衣10 July 2013
vol.050七夕 星03 July 2013
vol.049雑巾 江戸のリサイクル26 June 2013
vol.04819 June 2013
vol.047雨 雨龍(あまりょう)12 June 2013
vol.04605 June 2013
vol.04529 May 2013
vol.04422 May 2013
vol.04315 May 2013
vol.042江戸の子どもたちと玩具文様08 May 2013
vol.041端午の節句 菖蒲文様01 May 2013
vol.040貝文様 潮干狩り24 April 2013
vol.039向かい文様  江戸時代の恋愛観17 April 2013
vol.03810 April 2013
vol.037霞か雲か03 April 2013
vol.036桜の花見27 March 2013
vol.035「花」といえば桜20 March 2013
vol.034春野13 March 2013
vol.033蘭、四君子06 March 2013
vol.032桃の節句27 February 2013
vol.031天神様と梅20 February 2013
vol.03013 February 2013
vol.029竹 - 206 February 2013
vol.028竹 - 130 January 2013
vol.02723 January 2013
vol.026蓬莱山と松16 January 2013
vol.025門松09 January 2013
vol.024宝尽くし03 January 2013
vol.023留守文様26 December 2012
vol.02219 December 2012
vol.021悟り絵12 December 2012
vol.020吹き寄せ05 December 2012
vol.019銀杏28 November 2012
vol.018紅葉狩り21 November 2012
vol.01714 November 2012
vol.016道具07 November 2012
vol.015人物文様31 October 2012
vol.014実りの秋24 October 2012
vol.01317 October 2012
vol.012草双紙と文具10 October 2012
vol.011小紋-2 型地紙と型彫りの技法03 October 2012
vol.010小紋-1 江戸小紋26 September 2012
vol.009江戸のガーデニングブーム19 September 2012
vol.008重陽の節句12 September 2012
vol.00705 September 2012
vol.006文字小紋29 August 2012
vol.005蜻蛉(とんぼ)22 August 2012
vol.004団扇15 August 2012
vol.003波文様五題08 August 2012
vol.002『波紋集』01 August 2012
vol.001梅鶴に松葉(うめづるにまつば)25 July 2012