クマさんの文様がたり

蜘蛛の巣 蛸絞り

今回はほとんどの人から嫌われている「蜘蛛の巣」の文様です。
なぜか、江戸時代の着物などの工芸品には「蜘蛛の巣文様」に人気がありました。
春の晴れた日に、蜘蛛は空に向かって糸を吐き出します。
蜘蛛の糸は春風に乗って浮遊し、生息地を拡大します。
「陽炎」と同じ意味合いで「糸遊(かげろう)(いとゆう)」という字を当てることがあります。
糸遊の糸は「蜘蛛の糸」のこと。蜘蛛の糸が光を受けてゆらゆらと輝いて見える様子を陽炎に重ねたのでしょう。
蜘蛛の巣をじっくり眺めると、実に巧妙に仕上がっています。
どうして規則正しく、整然と寸法を割り出すことができるのか不思議です。
高原などで朝露に濡れた蜘蛛の巣は、水滴がシャンデリアのように連なり、つい見とれてしまいます。
さらに日の光を受けるとその輝きは鮮やかです。
でも公園などで思わず蜘蛛の巣に触れると、何とも気持ちの悪いもので、払いのけるのに一苦労。
もっとも、蜘蛛にしてみれば触れた物にまとわりつかなければ意味がありません。
この、まとわりついて獲物を捕るというところから、
文様が発想され、物を集める、物を収穫する、幸せを集める、客をつかむというふうに、
都合の良い解釈を次々に拡大させてきました。
それゆえに、大正から昭和初期にかけては、芸者さんたちの着物に蜘蛛の巣文様が使われました。
男どもが鼻の下を長くして蜘蛛の手玉にとられたのは今も同じ。

『日本書記』、衣通郎姫(そとおりのいらつめ)の詠んだ歌に
「我が夫子(せこ)が 来べき夕(よひ)なり 小竹(ささ)が根の 蜘蛛の行ひ 今宵著(しる)しも」とあります。
今夜はきっとあの人が来てくれるに違いない、笹の根元に蜘蛛が巣を張っている。今宵はそれがよく見えます。
中国では「蜘蛛が来て人の服に着くと、親客が来訪する」という俗信があり、蜘蛛を喜母ともいいます。
このように中国でも日本でも古くから蜘蛛の文様は吉祥の意味合いを持っていました。
新しもの好きな江戸の町人には使ってみたい文様素材だったのでしょう。
羽裏に大きな蜘蛛の巣なんていうのは相当インパクトがありそうです。

蜘蛛の巣に桜

蜘蛛の巣に桜

散った桜を蜘蛛の巣が受け止めています。こんな花見もあるのでしょう。

蜘蛛 蜘蛛の巣
蜘蛛 蜘蛛の巣

蜘蛛そのものの文様は極めて少ないですが、意外にも愛嬌があって面白い文様です。


「有松・鳴海(なるみ)絞り」染めの文様には「蛸絞り・蜘蛛絞り」というパターンがあります。
絞り染めの技法の一つで、鉤釘に生地を掛けて、指先で傘の骨のようにひだを作り、
そのひだを寄せて根元から細かく糸を巻き上げて絞ると、この文様ができます。
蜘蛛の巣に似た文様ですが、まさに蛸の足の吸盤に見えます。
歌舞伎では『俊寛』の海女千鳥の衣装や、その他船頭の襦袢などに使われています。
どうして魚や貝でなくて蛸なのかわかりませんが、この文様は遠目に見てもすぐ蛸の足とわかり、
海が舞台の時には大胆で明快な文様ゆえ、使われたのでしょうか。
注意してみると浮世絵の中にも時々見かける文様です。

蛸絞り

蛸絞り

変わり蛸絞り

変わり蛸絞り

蛸絞り風の型染めです。

蛸絞りと唐草

蛸絞りと唐草

こちらも型染め。


蜘蛛といえば、人気のないところに巣を張り、暗いイメージで嫌われ者ですが、
時代や場所によっては、このように吉祥文様にもなっていました。
現代では赤い蜘蛛男、スパイダーマンの特殊能力の魅力にとりつかれている人たちも多くいます。

久しぶりに芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読み直しました。
最近では地獄と極楽が何の前触れもなく逆転しても不思議ではないような気がし、
この本も昔のように素直に受け止められません。

23 April 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

バックナンバー
vol.091蹴鞠(けまり)、手鞠(てまり)16 April 2014
vol.090牡丹09 April 2014
vol.089小花02 April 2014
vol.088将棋の駒26 March 2014
vol.087王朝趣味19 March 2014
vol.086かぶり物12 March 2014
vol.085早蕨 (さわらび)05 March 2014
vol.084紗綾形 (さやがた)26 February 2014
vol.083源氏香19 February 2014
vol.082役者文様12 February 2014
vol.081海老・蟹05 February 2014
vol.080三番叟29 January 2014
vol.079扇 扇子22 January 2014
vol.078初釜15 January 2014
vol.07708 January 2014
vol.076正月飾り 熨斗(のし)01 January 2014
vol.075十二支25 December 2013
vol.074座敷遊び18 December 2013
vol.073千鳥11 December 2013
vol.07204 December 2013
vol.071楽器27 November 2013
vol.070水鳥20 November 2013
vol.06913 November 2013
vol.068秋の収穫 大根06 November 2013
vol.067唐草30 October 2013
vol.066鐙(あぶみ) 武蔵野23 October 2013
vol.065苧環(おだまき) 糸巻き16 October 2013
vol.064小紋の文様構成
(繋ぎ、散らし、破れ、崩し、尽くし文様)
09 October 2013
vol.063小紋三役02 October 2013
vol.062露芝(つゆしば)と秋草25 September 2013
vol.061月と兎18 September 2013
vol.060茄子11 September 2013
vol.059葡萄04 September 2013
vol.058撫子 ナデシコ28 August 2013
vol.057瓢箪(ひょうたん)21 August 2013
vol.056麻の葉14 August 2013
vol.055蝙蝠07 August 2013
vol.054朝顔31 July 2013
vol.053鉄線24 July 2013
vol.052立涌(たちわく、たてわき)17 July 2013
vol.051浴衣10 July 2013
vol.050七夕 星03 July 2013
vol.049雑巾 江戸のリサイクル26 June 2013
vol.04819 June 2013
vol.047雨 雨龍(あまりょう)12 June 2013
vol.04605 June 2013
vol.04529 May 2013
vol.04422 May 2013
vol.04315 May 2013
vol.042江戸の子どもたちと玩具文様08 May 2013
vol.041端午の節句 菖蒲文様01 May 2013
vol.040貝文様 潮干狩り24 April 2013
vol.039向かい文様  江戸時代の恋愛観17 April 2013
vol.03810 April 2013
vol.037霞か雲か03 April 2013
vol.036桜の花見27 March 2013
vol.035「花」といえば桜20 March 2013
vol.034春野13 March 2013
vol.033蘭、四君子06 March 2013
vol.032桃の節句27 February 2013
vol.031天神様と梅20 February 2013
vol.03013 February 2013
vol.029竹 - 206 February 2013
vol.028竹 - 130 January 2013
vol.02723 January 2013
vol.026蓬莱山と松16 January 2013
vol.025門松09 January 2013
vol.024宝尽くし03 January 2013
vol.023留守文様26 December 2012
vol.02219 December 2012
vol.021悟り絵12 December 2012
vol.020吹き寄せ05 December 2012
vol.019銀杏28 November 2012
vol.018紅葉狩り21 November 2012
vol.01714 November 2012
vol.016道具07 November 2012
vol.015人物文様31 October 2012
vol.014実りの秋24 October 2012
vol.01317 October 2012
vol.012草双紙と文具10 October 2012
vol.011小紋-2 型地紙と型彫りの技法03 October 2012
vol.010小紋-1 江戸小紋26 September 2012
vol.009江戸のガーデニングブーム19 September 2012
vol.008重陽の節句12 September 2012
vol.00705 September 2012
vol.006文字小紋29 August 2012
vol.005蜻蛉(とんぼ)22 August 2012
vol.004団扇15 August 2012
vol.003波文様五題08 August 2012
vol.002『波紋集』01 August 2012
vol.001梅鶴に松葉(うめづるにまつば)25 July 2012