クマさんの文様がたり

「端午の節句」が近づいて来ました。「端午の節句」については41回で書きましたが、
男の子が誕生した家では鯉幟(こいのぼり)を揚げます。
田植えが終わった田んぼの向こうに、雪山をバックに気持ちよさそうに空を泳いでいる鯉幟、
というのが子どもの頃の懐かしい初夏の風景です。

鯉幟の起源は、ご存じ中国の「登龍門」伝説から。
黄河上流の龍門山を切り開いてできた急流に集まる鯉の中で、最も強く、
霊力に満ちた鯉が猛然と滝を昇りきった時、たちまち龍に変身するという伝説がありました。
中国『後漢書』李膺伝(りようでん)の故事によると、宮廷には李膺いう実力者がおり、
若い官吏のなかで彼に将来の才能を認められれば、出世が約束されたことであり、
李庸に認められた人は龍門の滝を昇った鯉にたとえられたということです。

日本でもこの「鯉の滝登り」という説話から、
子どもの立身出世のシンボルとして鯉の文様が使われました。
「端午の節句」に室内に飾る「内幟」や、家の前の棚には鯉の滝登り、鍾馗(しょうき)や武者絵を布に描いた旗指物を立てて、
子どもの健康、厄溶け、そして立身出世を願う習わしは、江戸時代に武家で始まったものです。
鯉の形になった鯉幟ができたのは江戸の中頃。
旗指物の一つとして和紙で作った鯉、しかも真鯉(まごい)が一匹でした。
しかし、鯉幟の前に、魔除けの旗となる五色(赤、青、着、黒、白)の吹き流しができ、その後、鯉幟が加えられたようです。
明治に入り真鯉と緋鯉(ひごい)の対になり、大正時代になって丈夫な木綿の鯉幟ができたようです。
江戸時代の鯉幟は町人が武士に対抗して、高々と巨大な鯉幟を立て、
武家社会を見下ろすという、風刺が込められていたともいわれています。
「たこ揚げ」も同じ意味合いがあったようです。
最近は周囲に配慮してベランダで揚げられる小さなビニール鯉幟が人気のようです。

文様の中では写実的な魚が登場するのは「鯛」と「鯉」ぐらいでしょう。
どちらもめでたく、吉祥的な文様として人気がありました。
「鯉」の文様はほとんどが「登龍門」との関係を持ち、滝や急流、大波などとセットで描かれています。
そして鯉は「出世魚」といわれることもあり、勢いの良い力強い文様ばかりです。

鯉の滝登り

鯉の滝登り

たくさんの鯉が龍門の滝を遡上しようと試みますが、滝が急なためにほとんどの鯉は失敗します。
しかしその中でも強靱な鯉は見事なジャンプをし、滝を昇り切り、龍となって天に昇ります。

鯉の滝登り

鯉の滝登り

急流に逆らって昇る鯉の姿は勇壮で出世魚といわれるゆえんでしょう。

流水に鯉

流水に鯉

こちらは悠々と泳ぐ池の鯉。

鯉

こちらも、立派に育った池の鯉。

荒磯(ありそ・あらいそ)文様

荒磯(ありそ・あらいそ)文様

中国、明代に渡来した貴重な裂の中に「荒磯緞子」という布があります。
この文様も「龍門伝説」を意匠化したもので、パターンをアレンジした類似の型染め文様も多くできました。
日本では茶道の道具入れなどに使われ、名物裂のひとつです。この図は現在の西陣織。

桜と雪輪と鯉

桜と雪輪と鯉


近頃は住宅事情で大きな鯉のぼりを立てる場所が少なくなってしまい、
使われなくなった鯉幟を集めて川の両岸に張られたロープに串刺しにされたような鯉が泳いでいます。
壮観といえば、そう見えなくもありませんが、
何百匹もの鯉が同じ方向に行儀良く泳いでいるのは、ちょっと怖い感じがするのは、うがった見方でしょうか

30 April 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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