クマさんの文様がたり

唱歌「夏は来ぬ」の3番は
「橘の薫る軒端の 窓辺近く蛍飛びかい おこたり諫(いさ)むる 夏は来ぬ」
夏の夜は窓辺に来た蛍を集めて、その明かりで勉学に勤しむようにという厳しい唱歌です。
1番に出てくる卯の花やの花が咲けば、もう夏は間近。
『古今集』には「五月(さつき)待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」。
五月を待って咲く橘の花は香りと共に、今年はどんな夏を連れてくるのでしょうか。
卯の花も橘の花も、わたしの好きな一重の白花です。
橘は古来より日本に自生していたといわれる柑橘類です。
温暖な気候の九州や四国、中国地方の海岸に近い山地に自生します。
ミカン科の小高木、光沢のある濃い緑色の葉が密に生え、しかも、常にその緑を保っています。

『古事記』には垂仁天皇が田道間守(たぢまもり)という人物を
海のかなたの不老不死の理想郷である常世(とこよ)の国に送り、
「非時の香の木実(ときじくのかくのこのみ)」(一年中かぐわしい香りを放つ木の実)を探させ、
田道間守は十余年の辛苦の末、橘を持ち帰ったとの記述があります。
田道間守の名にちなんで「タチバナ」と名付けられたともいわれています。
橘が外国(中国)原産なのか、日本の自生植物なのか諸説あるようです。

京都御所の紫宸殿に植えられている「右近の橘」がよく知られているように、
橘は吉祥の意味合いを持つ植物として扱われています。
文様では、常緑の葉を持つところが松と同様に解釈され「永遠の生命力」を意味し、
長寿を招き、多くの子どもを授かる子孫繁栄の文様とされています。
縁起の良い植物だけに家紋にも多くの種類の橘紋があります。

日本のほとんどの文様は中国からもたらされていますが、「橘」は数少ない日本オリジナルの文様です。
文様としての橘は写実的な物はほとんど無く、実と葉の形が定型化されたパターンを基本にして、
その基本をアレンジしたものが多く見られます。
豪華な橘文様の着物は、室町から江戸時代に作られています。
美術館で、ガラス越しで見るしかありませんが、
これに似た文様は、最近でも婚礼衣装や、礼盛装の文様に多用されています。

橘

文様では橘の実がこのような形に定型化されています。

橘文様の小袖

橘文様の小袖

明治初期に出版された小袖雛形本より。葉の文様や、色使いを自由に遊んでいます。

江戸小紋の橘文様3点。
橘文様 橘文様 橘文様
渦巻きに橘
橘 渦巻きに橘

黄色い実は生命の根源である太陽にたとえられ、瑞木として栽培されたのではないでしょうか。

竹垣に橘と蝶

竹垣に橘と蝶

橘唐草

橘唐草


1937年に制定された文化勲章は「文化は永遠にあるべき」ということから、
白い橘の花の中央に勾玉(まがたま)を配し、つまみの部分は橘の葉と実がデザインされています。
いわゆる勲章のイメージである豪華さはありませんが、シンプルで繊細な感じは日本の文化を象徴しているように見えます。

14 May 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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