クマさんの文様がたり

子どもの頃、母の実家のすぐ近くに洒落た洋風な建物がありました。
その白い壁にはびっしりと緑の蔦がからみ、秋には紅葉して鮮やかな色に変わります。
その様子を眺めて、行ったこともない外国の風景を想像していました。
日本家屋にはない趣で何となく外国への憧れを抱かせました。
大学生の頃は「アイビールック」のブームが起こり、田舎者のわたくしは、金も、勇気もなく、
他の学生のお洒落には無頓着を装って過ごしました。
蔦、アイビーというとわたくしのイメージでは「西洋」になってしまいます。

しかし蔦は、日本にも古くから自生していた植物で、文学との関係では
平安時代前期の歌物語『伊勢物語』東下り、宇津山蔦の細道が親しまれています。
「駿河国、宇津山の峠にさしかかる。蔦草の生い茂り細く暗い道を進むと、
思いがけず京で顔見知りの修験者にあった。京への文をことづけて詠った」
   「駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり」
宇津の蔦の細道は現在も静岡県に残されているようです。
「哀れ」「寂しさ」「涙」といったイメージに関連づけられ、絵巻物や屏風、工芸品などの作品になっています。
わたくしの好きな屏風は俵屋宗達の「蔦細道図屏風」です。学生時代に刺激を受けました。
蔦の表現だけではなく、屏風全体の、ダイナミックかつ繊細な構成に感心し、
自分なりに挑戦しましたが無惨なものでした。
青っぽい学生などの感覚では絶対に無理なこと。
技量の差、そして人間としての余裕やスケールがあまりにも違いました。
当時の絵師の想像力の豊かさにはいつも感服するばかりです。
こういう感覚は時代とともに進化するというものではない気がします。
時代が生んだ、傑出した人間のみが表現できたのでしょう。

鹿の子蔦

鹿の子蔦

蔦に竹

蔦に竹

紅葉した蔦はカエデに似た色調なので「ツタカエデ」とも呼ばれます。

蔦に流水

蔦に流水

伊勢物語からの影響を受けた「哀れ」「寂しさ」といった風情のものは小袖などの着物文様に見られます。
また、小紋柄では蔦の植物としての大きな特色である、岩や樹木、どんな場所でも這って伸び、
絡みつくところから、商売繁盛につながり、人気商売、客商売の女性に人気がありました。
平安時代の繊細なイメージからは大きく変化して、
少しでも実利を求める文様になったのは、それだけ庶民的になった文様ともいえるでしょう。

蔦

あらゆる所に絡みつく蔦は、商売繁盛の縁起の良い文様。

鬼蔦

鬼蔦

鬼蔦

「鬼蔦」は葉の切り込みが深い蔦文様。生命力の強さを表します。

鬼蔦と松皮菱
蔦 鬼蔦と松皮菱

霰地に鬼蔦

霰地に鬼蔦

何しろ、蔦の茎には吸盤があり、巻きひげで立木や壁に絡みつきます。
他の植物には大変迷惑な話ですが、人間はそんなところを逆手にとって、縁起の良い文様に仕立てます。
考えてみれば小紋の蔦文様は、したたかな文様です。

13 August 2014

*このページに掲載されたコンテンツは熊谷博人に帰属します

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